第12話 七輪
ボッ
「…………。」
火。静。
「いや、放火はやめよう。」
そんな事したら長に迷惑かける。長は私の命の恩人だから。
「……あーぁ。」
ぱちぱち
――――――
「おい、なぁ、そこの貴方。」
「…………。」
荒れ果てた土地。
「お前、捨て子か?」
「……。」
烏が鳴く。
「くはは。困ったなぁ。」
「……わぁ?!」
「ふふっ。來い。」
貴方の小さい手を握った。キキョウのように
「お前、どこの子だ。」
「……。」
「おいおい。口無しと呼ぶぞ。もしかして、あそこの游郭か?」
子は目を逸らした。その眼は奇麗だった。
「くはは。そうか。なら、もらっても文句は言われんな。」
「仲介。」
「……?」
「お前の名だ。」
その子に笑いかけた。
「良い名だろう。」
「お前は幸せになる。」
――――――――
「すぅ、すぅ、」
――――――――
「やだ、あの子。変な目してるわ。」
「ほんとだほんとだ。醜い目をしておるぞ。」
「うわ、こっち見た。クスクス。」
「見るな見るな。そんな眼見たらこっちも醜くなるわ。」
――
「何だ、仲介。また雑用どもに何か言われたのかえ。そんな奴ら、ほっとけ。」
「無理だ……ぐすっ、」
わしの袖を強く引っ張る。
「……。言い返せ。」
「むり、」
「ずっとわしに頼ってちゃ駄目だぞ。」
「分かってるよ……。」
じゃあ、こうしよう。と眼鏡をかけるフリをした。
「面をつけるんだ。」
ニッと八重齒を光らせた。
「どうだ?名案だろう。」
――――――
「すぅ、すぅ、」
頬に風が吹く。
風、風、風!?
「……ぅ、」
ちゃんと襖は閉めたはず。湿気が多い、暑い。そういえば、また七輪がズレていた。
「おはよう。仲介。」
「長?!」
体が飛び上がる。
「仲介、寢るなら布団で寢ろ。坐布団一枚なんて凮邪ひくぞい。」
「ほっといてください。」
「くはは。」
朗らかに笑った。しかし心の底から笑っていないようだ。
「して、仲介。」
「……、」
鋭い目つきでこちらを見透かす。
「なぜ七輪を焚いている。」
「えぇっと……、」
そんな目で見ないで。己れは弱いからすぐに溢れてしまう。
「それは、」
唾を飲む。
「えっと、」
何を答えるべき?何が正しい?何を言えば樂な方向へ進める。
怖い。怖い。怖くて分からなくて、皆に置いて行かれているようで。あゝ、この感覚は嫌いだ。大っ嫌い。
「仲介、逃げるな。」
長の口が動く。
「背くな。」
冷たい風が汗を乾かす。
「馬鹿はやめろ。」
「う、……」
「あ、……おい!」
仲介は煙のように何処かへ逃げて行った。
「ごめんなぁ。仲介、お前の為なんじゃ。」
暑い部屋にはキセルが一本、落ちていた。
――――――――
「七輪なんぞ……。仲介は多分、」
もんもんと考えながら、仲介を探した。
「あ、長。頭撫でてくださいよ。」
「……。あぁ、今は仕事中だろう?駄目じゃよ。終わってから、な。」
接客が話しかけてきた。
「はぁい。」
「…………。」
どこにいる。どこにいる。
「げっ、長。」
「こら偽善、長にそのような態度を。長、こんにちは。」
「おぉ。元氣か?」
「お蔭様で。」
「では、私たちは仕事があるので。」
「うむ。」
探せ、探せ。仲介がいってしまう。
「あ、長だ。最近お氣に入り子がいるらしいぞ。」
「えぇ?だぁれ?無薬じゃなかった?」
「それがな――」
どこだどこだ。仲介、まだいかないでくれ。
「なぁ、無薬。仲介は何処にいるか知っとるか?」
「知らん。ここには來ていない。」
「そうか。」
かなしいかなしい。
「仲介、どこだ。」
「仲介?」
「……、」
雑用だ。仲介と一緒にいさせている子。
「仲介なら屋上にいたよ。キセル、吹かしてた。」
「あ、あぁ。そうか。ありがとうなぁ。」
――――――――――
「……。」
いた。屋上で外を、いや地面を眺めている。まだこちらに氣付いていないようだ。
「…………、」
貴方の名前を呼ぶのに躊躇する。わしが話しかけたら、仲介は飛び降りるのではないかと。
「仲介、」
わしは三間ほど離れて、その名を呼んだ。その距離は、一里あるように見えた。
「……!長、」
仲介に逃げ場は無かった。ちょうどそこは行き止まりだった。
「探したぞ。」
長はひどく、切ない顔をしていた。まるで私の心境を知っているように。知ったかぶったように。
「ご、ごめんな「」隅から隅まで探しても見つからんかったわい。」
二人の距離は縮まらなかった。長も仲介も歩み寄ろうとはしなかった。
「実は、」
長は目を逸らす。窓から凮が吹いて髪がなびいた。
「実はな。わしが見つけたんじゃない。雑用が仲介のことを見つけたんじゃ。それをわしに報告してくれた。」
「……、」
――今日のご飯、なにかな。
「あとで礼を言わなければなぁ。わしは長失格だ。」
貴方の側にいるべき存在は、わしではない。あの子だ。あの子じゃなきゃ駄目だ。
「長、私は、私はご飯を食べると胃が惡くなる。だから、だから……。」
長は怒らなかった。
「そうなのか、言ってくれてありがとう。もう少し、胃に良い食事を出そうじゃないか。」
「…………。」
優しくて、紫陽花の下で雨宿りしているみたいで、泣きそうになった。ぐっと齒を食いしばる。
「うん。そうしよう。それでも惡くなる場合はわしに言っとくれ。」
「分かりました……。」
仲介の背中に触れた。
どうか生きてください。
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