第10話 贈り物

「仲介、この子を預かれ。」

「……、いつまで。」

 長は扇子をパタパタさせながら、ニヤニヤ笑う。

「わしがいいって言うまで。」

「大体どのくらいですか。」

「うぅーん。そうじゃな……一月ひとつきぐらい。」

「嫌です。」

 長は眉をひそめて怪訝そうな顔をした。それでもなお、パッタパッタ扇子をあおいでいる。

「じゃあ、四週。」

「それじゃあ変わりゃないですか。」

「くはは、バレたか。それでは、」

 顎に手を当て鋭く上目でこちらを見た。

「金をちと高くしてもいいんじゃよ。」

「……いらないです。」

 どうせ死ぬのだから。

 長はこの返事が予想以上だったのか、あっけらかんな顔をした。扇子は蝶になる。

「……そうか。では、こうなったら、」

 パタンと扇子を閉じた。

「……?」

「逃げろーっ!」

「……え、え?」

 長は廊下を走り去って行った。長なのに。

「仲介、」

「…………。」

 仲介は面の下で僕を睨んでいる。絶対にそうだ。

――――――――

「……はぁ、」

 ため息なんて吐くもんじゃない。

 今度はわしの部屋に來いと言われた。

「失礼します。」

「やぁ、仲介。雑用は元氣か。」

「……。さっきの事じゃ、ないですか。元氣もなにもない。」

「くはは。そうじゃな。」

 よかったよかった。ちゃんと世話をしてくれそうだ。

「まぁ、座れ。」

 トントンと長の隣の座布団を叩く。空氣が押し縮みする。

 長の向かい側にすわった。

「……、まぁいいか。」

 生温い風が頬を撫でる。風鈴がチリンチリンと鳴る。

「見てご覧。仲介。奇麗だろう。」

 横にある庭の方を長が見た。私もその方向を向いた。

「はい。」

「ふふ。だろう?」

 喉仏が動く。無邪氣な小供のように笑った。

 どうも私には、花は奇麗だと理解できない。花は植物である。

「どうだ散歩にでも行くか。」

「ご遠慮させていただきます。」

 長は大袈裟に顔をしかめた。しわが寄っている。

「遠慮って……。またいつかしよう。」

 肘をつきながら、ねっと純粋に笑った。

「あぁ、そうだ。ほれ、仲介。お前にこれをやろう。」

 長方形の木箱を机の上に差し出された。ぱかっと空氣を押し除けて開ける。

「……?キセルですか。」

「あぁ。」

 銀キセルだった。花の模様が添えられている。

「銀キセルって……高価な物じゃないですか。私には勿体無いですよ。」

「いいんじゃよ。ほれ、受け取れ。受け取った後は、売るなり焼くなり好きにせい。」

 重みがあるキセルを受け取った。

「焼きって……。そんな事しませんよ。ありがとうございます。」

 長は満面の笑みで、うんうんと頷く。

「仲介、」


「あの子をよろしく頼む。」

――――――――

「あ、仲介。おかえり。」

「……。」

 いつも通りのように、雑用が私の部屋にいる。

「取引行かないの。」

「今日は夜にある。」

「なんで?」

 キセルを机の上に置いた。コトッと音がした。

「相手は夜がいいんだと。」

「へぇ。」

 自分で聞いたくせに興味なさそうだ。パタパタと足を動かしている。

 七輪に目を向けた。

「…………。」

「? なに?」

「なにも。」

 ふんと鼻から息をもらしながら、座布団の上に座る。

「なんだこれ。」

「僕が摘んできた花だよ。」

 ふさふさとした花弁が、太陽に照らされていた。それは机の上に置いていて、瓶にもなにも入っていなかった。

「ふぅん。」

 どうでもいい。花なんて植物が殖えるためにあるものだろう。小説を読んだ。

「そう言えば、お前、雑用の仕事はいいのか。」

 雑用は、畳の上で大の字になりながら話した。

「うん、長がいいって。その代わり、仲介を手伝えって言ってた。」

「……。呆れた。」

 雑用には見えない眼を天井に向けた。また小説を読む。

「…………。」

 うーん。こいつ……誰だっけ。登場人物が多すぎる。主人公の名前もおぼえられない。

――――――

「…………。」

 いい話だ。

 涙ぐむ。

「……あ、」

 ハッとした。雑用がいるんだった。

「すぅ、すぅ。」

 雑用は寢ていた。近寄る。

 なんとなくそうした。

「…………。」

 変なやつ。

 ツンツンと頬を突く。

「すぅ、すぅ、」

 馬鹿なやつ。

 花は花びんの中でじっとしている。

「…………うぅん。」

 嫌なやつ。

「あれ、仲介。なんだか近い、な。」

「……おは、よう。」

「今何時?」

 私の声は届かなかったようだ。こころのどこかで悲しい。

「知らん。陸時じゃないか。」

「狂うなぁ。」

 寝ぼけた眼であくびをした。

「…………。」

 雑用は私を見つめた。

「……なんだ。」

「何もないよ。」

 煙草の素をキセルに詰め込む。口が寂しくなってきた。

「本当に僕、取引しちゃ駄目なの?」

 ぼっと指先から火をつける。

「あぁ。」

「なんでよ。」

「お前がやると、相手が怒って取引が破棄になっちまう。」

 キセルの口に唇を当てた。

「噓だ。仲介、僕のこと守ってくれてるんだろ。」

 ふーっと煙を吐く。

「…………。」

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