第5話 藥

「…………。」

 知ってる。私は目の前の藥屋が、危ない藥を売ってることを。

「……ごほ、」

 けど、そう簡単には手に入らない。だから凮邪のフリをして大量に藥をもらう。

「凮邪なもので。藥、調合してくださいな。」

「……お前、仲介と言ったか。お前の位はなんだ。」

 またここでも位の話かよ。

「無い。」

「……。長に聞け。吾輩は位によって藥の調合を変えている。」

「……分かったよ。」

 そんな面倒なことやっとるんか。後ろを向いた瞬間、呆れ顔をした。

「やぁ、無〜薬。と、仲介もおるんか。」

 暖簾のれんを腕押して長が来た。こいつは私をストーカーしてるのか。

「……なんだ、長……。」

 無薬が口開く。

「仲介、藥が欲しいんかえ?」

 え?っと首を傾げて見つめられる。この眼を見つめられた。

「はい。欲しいんです……ごほっ、」

「ふぅん。」

 アオリ顔で私を見下した。

「あげんぞ。」

「え……、なぜ。」

 長は口元に手を添え、にまりと笑った。

「くはは。そんなもん自力で治せ。」

――――――――――

「くそぉ……!」

 自室でジタバタと暴れる。小説。こんな時は小説で気を紛らそう。

「…………。」

 七輪が目に入る。

「……つけとくか。」

 ボッと火が灯る。もうすぐ夏だと言うのに。

「ほんとに効き目あるのか?小説で読んだが、あれは虚構フィクションだからか?まぁいい。」

 死ねるのならそれでいい。

――――――――

「っ、…………うぅ、」

 鼻水をすする音が部屋に響き渡る。ぽつりぽつりと涙が溢れる。紙の上に水が踊った。

「仲介、さん?」

 襖越しから誰かが話しかけてきた。

「……なんだ。」

 裾でゴシゴシ涙を拭く。夢から覚めた。

「報告です。長から。」

「そこで報告しろ。」

「駄目です。長から直接話せと言われているので。もし拒否るなら、わたくしが強引に入りますよ。」

「………………。分かったよ……。」

 ガラッと開けた。

「あ、仲介さん。もしかして、あの時助けてくれた「」早く言え。」

 鶴の恩返しか何かかよ。

「長がまた取引相手を変更したぞ。と。」

「……はぁ、分かった。」

「ため息を吐くと幸せが逃げていきますよ。」

「幸せなんぞねぇよ。」

 では、失礼しました。と雑用が後を去る。

「……しあわせ、」

 ベチっ

「……?」

「いったぁ、なんですか?この床は。」

 雑用がこけている。以前も何かあったような……。

「分かったぞ。お前、前も転んでいただろう。」

「はい。お恥ずかしながら、貴方様に助けていただいて……」

 地べたに座りながら、上目で話す。

「あぁ?お前、怪我したのか。」

「あ、本当ですね。まぁ、唾をつけとけばなんとかなります。」

「やめろ、汚い。……來い。」

「どこへ。」

――――――――

「おい、無薬。傷藥をくれ。」

 雑用一人見過ごせないなんて。これだから舐められるのも仕方がないか。

「……。」

「あぁ、これは雑用が頼んでるのではなくて、仲介が頼んでいるんだからな。」

 ごりごりと藥研やげんを鳴らす。

「……お前の位は分からないが、話の意図なら理解している。」

「あぁ、ならいい。」

――――――――

「え、」

「ほら、」

 藥指でクリーム状の藥をすくった。くいっと顎を上げてみる。

「いいのです?そのようなお高い品物……」

「いらんのか……?」

「いります。」

 別に塗るくらい一人で出来るのですけれど。仲介さんは世話焼きなのですね。

「……いっ」

「動くな。」

 斜陽は二人を見守っている。ホコリがちゅうを舞う。

「……ありがとうございます。」

「ふん、」

 突然目の前に、藥の入ったアルミ缶箱を差し出される。

「……?貰ってもいいのですか?」

「私が持っていても仕方がないだろう。」

「ありがとうございます。」

 この人は素直に言えないのか。ずっと腐った肉ばかり食っている。

「…………。」

 雑用がいなくなり、一人しんとなる。

「藥が駄目なら、次はどうしようか。」

ーーーー

「なぁ、無薬。仲介のことどう思っとるんじゃ?」

「なんとも思っとらん。」

「くはは。そうかそうか。」

「それにあいつは多分、」

「そうやなぁ。お前もそう思うか。」

「あぁ。」

「無〜薬。偉いぞ。あいつに藥を渡さなくて正解だ。」

「……やめろ。撫でるな。」

「くはは。そう思ってないくせに。」

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