第3話 なぜ

「仲介、一日だけこの子を預かれ。」

「お断りします。」

 雑用は二人のあいだに立って、言葉を眺めている。

「くはは、わしに背くとはなぁ。いい度胸じゃないか。これは長の命令だ。な、一日だけじゃ。いいだろう?」

「……わかりました。」

 長が出て行った瞬間、雑用をギッと睨む。

「長はなんでこいつに執着してるんだ。」

 長は素足で廊下を歩きながら、聞こえてないはずの会話に返事をした。

「くはは、なんでじゃろうなぁ。」

――――――――――

「…………。お前はここで待っとけ。取引の邪魔だ。」

「何で。僕、なにも言わない。」

 あのなぁ、と大きく口を開けて八重歯を光らせた。

「言う言わない関係ないんだ。大人しく待っとけ。」

 去ろうとしたら、すぐ後ろに付いてきやがった。後でどうなっても知らない。

「…………。」

――――――――――

 コンコンと黒い木の机に相手は指差した。何か不満のようだ。

「酒、参拾さんじゅう升、何が駄目なんですか。」

 ゴンゴンと長い不潔な爪を机に叩いた。お香の匂いがする。

「……おぉ。何かお氣に触ったようで……。じゃあこの値打ちでどうでしょう。」

 最初の金額は見せかけだ。わざと高く見積ったのである。

 バンッ

「ぐっ!!」

 頬を殴られた。急なことに対処はできない。雑用はそのまま動かずにじっとしている。じっとしていたのだ。

「いたた……警察沙汰になっちまいますよ……?いいんですか?」

 ゴンっ

 また殴られる。反撃か?いや、

「……、」

 このまま殴り死ぬのもいい。

「仲介!」

 雑用が叫ぶ。何もしないと自分で言ってたのに。約束を破りやがった。

「ほら、ここに来ても良いことなんて無かっただろう?」 

 頭に血を流しながら、こちらに顔を向けた。布に血が染み付いている。

「……、」

 雑用は止めるすべもなく、唯呆然と見ているだけだった。

「やあやあ、酒屋さん、なにをしてるのですかい。」

「……おさ、」

 仲介はバタッとその場に倒れる。

「わしの大事な道具に、手を出さないでくれないか。」

 仲介の肩を寄せた。仲介はかろうじて立っている。お香の匂いと血の匂いが混ざりって、氣持ち惡い。

「仲介、死のうとするな。」

 ぼそっと喉仏が動く。雑用は長に駆け寄った。頼りのある背中。

「お宅さんの酒屋はもう閉店だ。ごめん游ばせながら、こちらで色々していてなぁ。」

 あの世のような、血の滲んだ声が部屋に響いた。

「 お前なんか地獄に堕ちるといい。 」

―――――――――――― 

「…………、あ、」

 天井が、

「起きたか。」

「雑用、なぜ私の部屋にいるんだ。出て行け。」

 言葉を吐きながら体を起こした。

「長に頼まれた。かわよい仲介を見ておくれと。」

「はぁ、冗談はよしとくれよ。」

 さりげなく、目を隠している面を触った。心の隅で安堵する。

「大丈夫?」

 幼い目で顔を覗かれた。他人に心配されるなんて、いつぶりだろう。

「…………。やめろ、覗くな。」

「……、せっかく心配してるのに。」

「ああ?」

「ごめんなさい。」

 雑用ごときに何がわかる。人のこころも分からない、ちっぽけな存在なのに。

「あとね、長が――――」

 あぁ、あの時なんで長が来たんだよ。もう少しで終わるとこだったのに。

「話聞いてる?」

 雑用が頭に入る。

「あぁ、聞いてる聞いてる。」

「じゃあ良いってこと?」

「あぁ、いいいい。」

 雑用は「やった。」っと小さな手を握って笑った。

 雑用ごときが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る