第13話 れいかとみくの和解


翌日の昼休み、みく、れいか、しゅんたの三人は、校舎裏の秘密基地(という名の古い物置)に集まっていた。


「じゃあ、第1回チケット対策会議を始めます!」


れいかが仕切り始めた。手には自作の議事録ノートまで用意している。


「れいかちゃん、準備良すぎ!」


「学級委員だから当然です!」


れいかは眼鏡をキラーンと光らせた。


「まず、現状確認から。みく、チケット何枚?」


「えーと…」


みくはカバンをひっくり返した。チケットがザラザラと床に散らばる。


「昨日より増えてる!もう20枚超えた!」


「私は1枚のまま」れいかが報告。


「ぼくは…3枚」しゅんたがポケットから出した。


「なんでみくだけこんなに?」


三人は scattered したチケットを見つめた。すると、クロノの声が響いた。


「それはね〜」


「うわ!」


三人同時に飛び上がった。見ると、物置の梁にクロノが座っている。


「いつからいたの!?」みくが叫ぶ。


「最初から」クロノは欠伸をした。「みくのチケットが多いのは、迷いが深いから」


「迷いが深いって…」


「つまり優柔不断ってこと?」れいかが通訳した。


「ちょっと〜!」


みくが抗議すると、クロノはクスクス笑った。


「でも本当だよ。使う?使わない?助ける?助けない?ずーっとグルグル」


クロノは前足でクルクルと円を描いた。


「それに比べて、れいかは『使わない』って決めてる。しゅんたは『もう使わない』って決めた」


「じゃあ、どうすれば…」


その時、みくのチケットの一枚が、ふわりと浮いた。


「え?」


チケットは空中でくるくると回り始めた。他のチケットも次々と浮き上がる。


「わわわ!何これ!」


チケットたちは、まるでダンスをするように物置の中を舞い始めた。


「きれい…」しゅんたが呟いた。


「でも、ちょっと不気味」れいかが一歩下がる。


みくは必死でチケットを掴もうとした。でも、ぴょんぴょん跳んでも届かない。


「もう!じっとして!」


その時、クロノが言った。


「みく、一つ聞くけど」


「な、なに?」


「ズルと祈りの違いって、なんだと思う?」


急な質問に、みくは跳ぶのをやめた。チケットたちも、ゆっくりと降りてくる。


「えっと…」


みくは考えた。そして、思いついたことを口にした。


「ズルも祈りも、誰かを想う気持ちから生まれるんだよ」


「ほう」クロノは興味深そうに耳を動かした。


れいかが付け加えた。


「私も、兄さんのために祈ったことがある」


「ぼくも、お母さんのために」しゅんたも言った。


三人は顔を見合わせた。そして、みくが続けた。


「でも、ズルは隠れてコソコソ。祈りは堂々と」


「なるほどね〜」


クロノは満足そうに伸びをした。


「じゃあ、もう一つ質問」


「まだあるの?」


「最後だよ。君たちは、なんでチケットを使うことを『ズル』だと思うの?」


三人は黙り込んだ。考えたことなかった。


「だって…」れいかが口を開いた。「努力しないで結果を変えるから?」


「でも」しゅんたが反論した。「ぼくは、お母さんのために、ずっと努力してきた」


「私も」みくが言った。「あやかちゃんを助けたくて、でも勇気が出なくて、すごく悩んだ」


クロノはにやりと笑った。


「そう。君たちは十分努力してる。悩んで、考えて、苦しんで」


「じゃあ…」


「チケットは、ただの道具。使い方次第で、ズルにも祈りにもなる」


その瞬間、強い風が物置の扉を開けた。


「きゃー!」


外から風が吹き込んで、チケットが舞い上がる。でも今度は、外に飛んでいかない。物置の中で、美しい竜巻を作った。


「すごい!」


三人は目を輝かせた。チケットの竜巻は、キラキラと光りながら回っている。


「これが、君たちの心」


クロノが言った。


「迷いも、願いも、全部混ざって、こんなに美しい」


みくは、回るチケットに手を伸ばした。すると、一枚がそっと手のひらに収まった。


「あ…」


そのチケットは、ほんのり温かかった。


「みく」れいかが言った。「私、決めた」


「何を?」


「チケットを否定しない。でも、頼りすぎない」


れいかも手を伸ばすと、一枚のチケットが舞い降りた。


「私も」しゅんたが続いた。「使う時は、ちゃんと考えて使う」


しゅんたの手にも、チケットが一枚。


三人は、手にしたチケットを見つめた。同じ『願』の文字なのに、なんだか違って見える。


「ねえ」みくが提案した。「これから、何か迷った時は、三人で相談しよう」


「賛成!」れいかが頷いた。


「うん!」しゅんたも笑顔。


その時、竜巻が止まった。残りのチケットが、ゆっくりと床に落ちていく。でも、さっきより数が減っている。


「あれ?少なくなった?」


「たぶん」クロノが言った。「君たちが一歩前に進んだから」


クロノは梁から飛び降りて、扉から出て行こうとした。


「あ、クロノ!」


みくが呼び止めると、クロノは振り返った。


「いい質問だったよ。答えは…君たちが見つけるものさ」


そう言い残して、クロノは消えた。


三人は物置に残されたチケットを拾い集めた。全部で15枚。最初より少ないけど、まだ結構ある。


「これ、どうする?」しゅんたが聞いた。


「とりあえず、みくが持ってて」れいかが提案した。「一番経験があるし」


「ええ〜、また増えちゃうよ〜」


「大丈夫」れいかは微笑んだ。「今度は、一人じゃないから」


みくは、じーんときた。


「れいかちゃん…」


「あ、また泣きそう」しゅんたが茶化した。


「泣かないもん!」


三人は笑い合った。


対立してた相手と、分かり合える?


答えは「もちろん!」だった。


だって、みんな同じように悩んで、迷って、でも誰かの幸せを願っている。それがわかれば、対立する理由なんてない。


物置から出ると、もう昼休みは終わりかけていた。


「やば!急ごう!」


三人は教室に向かって走り出した。途中、みくは予想通り転んだ。


「いたた〜」


「もう、みくってば」


れいかとしゅんたが助け起こしてくれた。


「ありがと!」


立ち上がったみくのポケットから、チケットが一枚落ちた。でも今度は、慌てない。


れいかがさっと拾って、みくに渡してくれた。


「はい」


「ありがと」


何気ないやり取りだけど、なんだか嬉しかった。


秘密を共有するって、こんなに心強いんだ。


教室に戻る道すがら、みくはポケットのチケットに触れた。


まだ温かい。


きっと、これからも迷うことはある。でも、もう一人じゃない。


それだけで、チケットの重さが、少し軽くなった気がした。

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