9節
倉庫へと続く道には、乾いた土塊が転がっていた。農夫たちのものだろう、無数の足跡が刻まれている。壁には使い古された農具が、何本も無造作に立てかけてあった。
広場の中心に、焚き火の跡があった。積もった灰の奥で、熾火が赤く燻っている。
煙をくゆらせながらぼんやりと焚き火跡を眺めているミッツァーかと尋ねられた老人はバンへと視線を向けることも無くボソリと口を開く。
「灰の番を長くやっててなぁ、どうにも喉が渇くものだなぁ」
老人の口から離されたスチームパイプの吸口から僅かに漏れる煙草の香りを残した煙が消える前に、バンは左手に掛けたポンチョの隙間から先ほどの駐在所前にて注文を済ませておいた酒瓶をスルリと取り出した。
「……先日と同じ銘柄で構わないか」
その一声に老人はバンへと振り向いて酒瓶へと視線を合わせると、ニヤリと口角を持ち上げる。
「やるな若いの。それで儂に何の用かな」
ミッツァーはバンから酒瓶とカップを受け取った。すぐに栓を開け、注ぎ口に鼻を寄せる。目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
少しして目を開けると、正面に回り込んでいたバンを見上げて視線を合わせた。
「こいつは……ずいぶんと質が良いな。どこで仕入れた?」
既に帽子を被り直していたバンは左手に掛けたポンチョを肘側にずらして
「……
ミッツァーはバンの左手首に光る魔導工学の産物を興味深く眺め、一つため息を吐くと視線を酒瓶に戻してカップに酒を注ぎ、一口呷った。
「東のそれは儂の好みの酒も分かるのかい」
ミッツァーはカップの中を覗き込み、呟いた。その視線は、そこに映る何か遠い過去を見ているようだった。
バンは左手首までポンチョを掛け直して答える。
「……いや、先日のみなと屋で見て覚えていただけだ」
それを聞いたミッツァーはふっと息を吐き出すと微笑みに表情を変えてバンへと面を上げていた。
「昨日の宴会は美味い酒だった……それにしてもガルバンと飲み合っておいて、よく周りを見てるな若いの。儂が話せる事は多いぞ」
ミッツァーはつい先程の哀愁さえ感じる雰囲気と打って変わって、気の良さそうな陽気さを感じる調子となっていた、こちらが本来の彼であろう。
バンは調子を変える事もなく、視線を左手側の倉庫へと向ける。入り口から続く轍を見るに、そこへは車輪付きで大型の器具が収納されているのであろう。
「……そっちの倉庫で備蓄してる武器の種類を知りたい。種類だけでも構わない」
その問いにミッツァーは眉を僅かに顰めつつバンが視線の先に捉えている倉庫へと目を向けた。何か考えるように頭を傾けながら右親指で数度カップを撫で終えてから口を開いた。
「誰かから聞いたりでもすれば分かる話か……基本は旧式になるが自動小銃と機関銃……後は手投げ弾もあったかな」
バンはいつの間にか構えていたメモ帳への書き込みを済ませていた。
「……旧式ならウィヴァン、凰、テーベの系列がある筈だが、混ざっているか?」
ミッツァーは少しだけ首を左右振って右人差し指でバンをピンと指しながら答える。
「戦後すぐは
往来を表現するようにバンへ向けていた指先を右左に弧を描がくように振ってから続ける。
「その後に始まったゴタゴタは金銭よりも物品でないと買い物が出来ないものだから、扱いきれない武器と過剰分を売って凌いでるな」
振っていた指を収めてカップへ酒を注ぎ直し、体重を右へ預けるように手をついた。
「この時にガルバンが上手いことやったさ。手元にはウィヴァン系の武器だけ残して後は弾薬と食料に変えたもんだから、武器はウィヴァン系で統一されてる。あいつの言う通りに、そこそこの性能で誰でも使えてるよ」
そう言い終えるとミッツァーはカップの底部がバンへ見えるほどに傾けて一口で飲み干した。
ミッツァーの傍らに置いた酒瓶が半分ほど空になる頃には日が空の頂点から下り始めていた。
「若いの、この後はどうする?暇なら付き合え」
ずいぶんと酔いが回っているらしい赤ら顔でバンへと数滴飛ばすほどにカップを勢いよく突き出した。しかし、バンは突き出されたカップを右手でそっと押し返して返答する。
「……酒の匂いを付けて子供らと話す気は無い」
バンはカップを押し返していた右手を下ろすと、ミッツァーの背後より遠くを見る様に視線を上げる。これにミッツァーは釣られた様に振り返るとすぐにフッと息を吐き、笑ってバンへと振り向き直す。突き出したカップを引き戻し、酒を一口飲んでから口を開く。
「確かに向こうの山は子供の方が儂ら大人より詳しいだろうな、そりゃすまなかった。」
何か思い出したように、ハッとした表情を浮かべたかと思うとすぐにニッコリと笑顔に切り替え、右手に持ったカップを側に置いてから続ける。
「子供達と会うなら、ついでに使いを頼めるか」
この頼みに対してバンは調子も変えることなく答える。
「……内容によるが、物騒でないなら構わない」
この返答にミッツァーはしばらく声を出し笑った。
「はーっすまない、すまない。儂のかみさんから子供達にと毎年作っている水飴を届けて欲しいだけだ。収穫時に種子が入ってない小さなイモを水飴にしてるんだ。物騒ではないだろう?」
そうにこやかに答えたミッツァーは身体を翻して背後の引き戸を開けて倉庫の暗がりへと溶けるように入った。ガサガサと物音がした後に暗がりから片手で持てる程度の大きさの樽が放物線を描いてバンの方へと飛んでくる。バンは迫る樽に対して掌を向け、事も無げに差し出した右手で軽々と受け止め、樽の蓋が上へ向くように手を半回転させた。
その内にミッツァーが倉庫から出て再び軒下へ腰を下ろし、カップを手に持ち口元に近づけ中身を口に含む前に一声発する。
「そいつをよろしく頼むよ」
言い終わると同時にカップを傾け飲み干した。
バンは視界の隅に[毒物・薬物反応:陰性]との
「……気遣いに感謝する」
礼の一声を発すると、そのまま出口へと歩き始める。背後からミッツァーが声を掛け、手を振る。
「またな、若いの。子供によろしくな」
バンは振り返らずに帽子を軽く持ち上げ、これを返答として倉庫を去った。
次の更新予定
2025年12月12日 21:00
ガンナーズ・ハイ 無能無彩 @munou-musai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ガンナーズ・ハイの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます