温かい夜

---時刻はPM23:00。そろそろ部屋の明かりを暗くしたくなる頃合いだと思いますが、今日もT京都内は眠らない!

この時間からは皆様から頂きましたお便りを読むコーナーになります。今日のテーマは「恋人と夜ご飯のエピソード」!

いや~、この時間から恋愛関係の話をするなんて、修学旅行の消灯時間後の部屋、布団にみんなで包まって・・・

好きな子誰?なんてのをこそこそ話し合うみたいなワクワク感が堪りませんねぇ・・・!


それでは早速1枚目のお便りから!ラジオネーム『お茶漬けに卵』さんから。

えー、「こんばんわ。」はい!こんばんわ。

「私は仕事の関係上夜遅くに退勤することが殆どなのですが、晩御飯も日付が変わってから食べているなんてこともしばしば。

そんな中最近3つ歳上の恋人が出来たのですが、彼は夕方に退勤できるので普通の時間に夕飯が食べれるんですね。

これでもう察される方もいるかと思いますが、その通り、彼とあった時のご飯の内容に困っているのです!

時間が合わず仕事後に行ける近場の店はラーメン屋しか無く・・・ラーメン屋の中でも家系ラーメンという、毎日食べたら風船みたいに浮腫んでしまうようなラーメンで。

ではお家デートは?と思いますが、基本適当にコンビニなどで晩御飯を済ませているような、

なんの女子力の欠片も無い私の部屋に彼を呼ぶなんて到底できず・・・ここに関しては自業自得ではあるんですが(笑)

今は週に1,2回程度に仕事終わりに会えるかなといった頻度ですが、そのどちらかがラーメンになっても彼は文句ひとつ言いません。

これは、もう呆れられて何も言われないのか、はたまた何ともないから何も言わないのか・・・彼が優しいからこそ聞くことができないといううことがありました。」

お~~・・・ってこれお悩み相談に近くないですか!?最初からもっとどきどきエピソードが聞けるかなと思っていたのに・・・

そうですねぇ、正直いくらでもやりようはあると思うんですが、まずは会話をすることが一番ですよね!結局は本当の事言ってもらわないと何もわからないですしね・・・・

僕の場合はラーメン大好きなんで週2回ラーメンあったとしても全然問題な____


「兄さん!こんな渋い車タクシーにするなんてすごいねぇ!!!」


そう急に話しかけてきたのは後部座席の客だった。

あまりの声量の大きさで、ラジオの音声が掻き消され耳にキンと声が響いた拍子に、思わず眉間に力が入ってしまう。

接客中にあまり無愛想にしちゃ駄目だなと、一呼吸吐いてから口を開いた。


「・・・どうも。危ないんであまり身を乗り出さねぇで下さい。」


そう言うと、悪い悪い!と言いながら身を乗り出して近づいてきていた客は座席に座り直した。

座席の革シートの匂いと共に、強いアルコールの匂いが鼻を微かに掠める。

相当飲んだのだろう、街中の街灯が如何に明るくても、車内は暗い。

そんな暗い車内でも、バックミラー越しに見た客の顔は茹ダコのように赤らんでいるようだった。


「にしても兄さん~!こんな遅くまで働いてぇ。嫁さんは何も言わないのかね!俺なんか今日も帰ったらきっとカンカンだよ~~」


喋るたびに酒の匂いが充満するので、軽く窓を開けて空気を通す。

冷たい風と共に夜の街の気取った匂いが車内に入ってくる感覚に、何だか一日の疲れをどっと感じ、少し煙草が吸いたくなった。

酔っぱらいの面倒な絡み、プライベートならまだいいが仕事中だと滅入るな・・・と考えつつ、失礼の無いよう言葉を頭の中で選んでいく。


「あー。結婚してないんで、問題無いっすよ。それにお客サン送り届けたら今日は締める予定だったんで。」

「えぇ!!まだ結婚してないの!?駄目だよお兄さん~~!お兄さん30代ぐらいでしょう?だったらばんばん子作りしないとじゃん!」

「・・チッ・ンだコイツ・・・別に結婚願望も子供欲しいとかも無いんで。ほらお客サン着きましたよ。1700円です。」

危うく聞こえる声量で悪態をついてしまう所だったと冷や汗をかく。

酔っぱらいの覚束ない手から2000円を受け取り、釣銭を渡そうとしたところで向こうが体をぐらりとよろめかせたため、車内に小銭が落ちて散らばってしまった。

あ~。と気の無い声をは出しながら、「釣銭はもういいよ~それで煙草でも買って~」と千鳥足で客は車内を出て暗い住宅街に消えていく。

大きくため息をつきながらその様子を見届けて、散らばった小銭を何とか拾い自分の財布の中にしまっていった。

暗くて見えにくい車内に身を屈ませて手探りでもう100円を探す。さっきの客の臭いアルコールの匂いが後部座席にはまだ濃く残っていて、頭を低くしてるのもあり、ぐわんと脳が疲れで重たくなる感覚に襲われる。今日はひっきりなしだったから疲れた。

結婚。子供。どれも耳が痛くなるほど聞かされる文言だ。ただの酔っぱらいの戯言にしてはなんて耳障りだったんだろうと思いながら、最後の小銭を拾って運転席に戻る。

椅子に沈むように体を預けて、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。

肺が苦しくなるほど深く煙を吸い込んで、吐き出す。体にニコチンが回る感覚と共に倦怠感がどっと押し寄せて来て、思わず疲れた目を閉じた。


「300円で煙草が買える時代じゃねーーーよ。」


煙草の煙は、アルコール臭くなっていた車内も俺の独り言も揉み消してくれる。

妙に遠くに聞こえていたラジオのお便りコーナーはとっくに終わっていて、時刻が0:00を回り日付が変わる音楽が流れ始めていた。

結婚するのがそんなに偉いか?この年になって将来の事を何も考えずに好きな車に乗って仕事して生きることの何が悪いんだ。

ぐるぐると良くない感情が渦巻いては煙草を吸って、吐き出して。吸って、吐き出して。

気づけば、煙草の火元の熱さを感じるまでには短くなっていて。


気づけば無意識に、梛義とのトーク画面を開いていた。


結婚していないだけで、恋人がいないなんて一言も言ってねーしな。とさっきの茹でダコ客の顔を思い浮かべて睨みつける。

梛義。楠元梛義。

同じサムライリーマンとして知り合い、仲が良くなり、恋人と呼ばれる関係になった。

俺なんかの事を好きだと言ってくれた世にも珍しい男。そう、男だ。

同性愛について理解が無かったワケでは無いが、まさか自分がその当事者になるとは誰が予想つくだろうか。

本当に付き合って数か月経った今でもまだ夢なんかじゃないかと疑う時がある。

先月の”あの”旅行を経て夢じゃないか・・・はかなり無理がある話だが、左手袋を外して薬指にはめた、2人で作ったペアリングを眺める。

夢じゃ、ないよなー。と自分には似合わないぐらいの輝きと艶を放つ指輪をぼんやり眺めて、梛義のことを思い浮かべた。

トークは2時間前に梛義から来ていた「仕事気張りすぎるなよー」という一文から返信していなかった。

今は0:26。流石に今返信するのは迷惑だろうか。でも、消音モードにしているかもしれないし、返信しないのも良くないとは、思う。

寝ていたらすまん。と思いながら指を画面に滑らせ「今終わった。腹減ったし、疲れた」と送る。

我ながらあまりに可愛くない文面だなと思いつつも、それ以外の言葉を今出力する元気がないのは確かだ。

ケータイを助手席に投げ、もう一本吸ったら飯調達して帰るか、と煙草を咥えたその時。


~~♪


鳴り出したのは自分の携帯。聞き慣れた着信音だった。

こんな時間にもしかして配車依頼か?と更に重く感じる頭をもたげて携帯を取って確認してみると、

画面には楠元梛義からの着信との表示が。

思わず咥えた煙草を落としそうになった。やばい、起こしてしまったかと心臓がずきりと締まる。

急いで応答すると、聞き慣れた安心する声が携帯から聞こえ始めた。


「お疲れ様。今運転中か?」

「お疲れ。いや、客降ろしたところで休憩してる。・・・すまん、起こしたか。」

「ううん。ちょっと勉強に精が出ちまってこんな時間に。にしても茅花も随分今日はお疲れみたいだなー。大丈夫か?」

「梛義もお疲れじゃねぇか。…ああ、大丈夫。今から飯買って帰るよ。」

「そうか。…家に余った晩飯あるけど、おいでよ。」

「あー…。うーん、行きてぇけど。もうこんな時間だし今日は遠慮しとく。多分すぐ寝ちまうだろうし。」

「今更遠慮すんなよ、明日店開けんの昼からだし、迷惑には全然なんないよ。」

「………いや、うーん…。ごめん、嘘ついた。実はめちゃくちゃ、会いたい…かも。」

「ふふ、そうだと思った。俺も会いたいんだよ。今どの辺?」

「……○○辺り。10分ありゃ着くと思う。」

「お、割と近いじゃん。行こうか?」

「いや、すぐ行くから。…待ってて。」

「そうか。気をつけて来いな。」


そこで電話終了ボタンを押す。

な、情けねーー……と大きく溜息を付く。

疲れで弱ってたとはいえ、こんなに意思が弱いとは…迷惑かかんねぇって言ったって、こんな時間に…

と、ああ言わせてしまった罪悪感と今から会える事への嬉しさに心臓がムズムズしてくる。

「……情けねー…。情けねぇぐらい、‥‥好きだなあ…」

頭をガシガシ掻いて、吸おうとしてたタバコを箱にしまい直して、早く向かわねばとアクセルを踏んだ。



「おかえりー…おお、見事な疲れ顔。」

最速で家に着いて、玄関で髪を下ろしたオフ姿の梛義が出迎える。

そんな顔をしていただろうか、癒し要素なんて無い顔しててすまんなと思いつつ、梛義の顔を見つめる。

相変わらず柔らかく、愛おしく自分に向ける瞳に心がじんわりと和らぐようだ。

「ほんと、こんな時間にすまん。飯食ったら帰る、し。」

「何言ってんだ、泊まってくだろ?」

そう言って梛義は手をゆるりと広げる。

おいで、と言った顔で何も言わず首を少し傾げて。

「……ん。ごめんな。」

まるで吸い込まれるように胸の中に頭を埋める。今の自分は絶対汗臭いし、タバコ臭いに決まっているが、

この引力にはどうも逆らえない。大丈夫、大丈夫。と言いながら大きな腕で俺の体を梛義は包み込む。

この暖かさに何度救われたのか、情けない大人だ俺は。と思いつつも自分も梛義の体に腕を回した。

嗅ぎ慣れた匂いで、緊張と疲れで張り詰めていた体がどんどん溶けていく感覚がじわじわと広がり、体重が軽くなったかのような不思議な気持ちに沈んでいく。

これが世に言う「手中に収まる」と言った図なのだろうか。

暖かさなどにしばらく無縁だった自分にとっては、あまりにも心地が良くて困ってしまう。


言われるままに家に入り、風呂を勧められる。梛義の家の風呂は自分の家よりはるかに広いからなんだか少し落ち着かないんだよな、嫌じゃないけど。

なんて考えていたら、ふわりと柔軟剤の香りを含んだ柔らかいタオルと俺用のパジャマを流れるように渡してくるもんだから、

この男は相変わらず手が早い。

「一緒に入るか?」

タオル類を手渡した手で頬をゆるりと撫でて問いかけてくる。にこにこと心底愛おしそうな顔をして。

こ、こいつはホント・・・・

「い、いやいい。すぐ上がるし。」

甘い声に思わず心臓が跳ねたせいで、まともに顔が見れなかった。

どれだけ付き合いが長かろうと、梛義の真っ直ぐな視線と言葉は心臓に悪い。

口に出すのはやっぱり時間がかかるので、添えられた手に少しだけ顔の重さを預けて、待っててくれ。と目で訴えかける。

こんなので伝わるか?といつも思っている。が、梛義は嬉しそうに頷いて頭を優しく撫でてくれた。

なんで分かんだよ…

はよ行っといで、と声掛けられ、らしくなく浮つく足元をなんとか動かして、風呂に急いだ。



「お。さっぱりしたか?。飯あっためといたよ。」

臭いとか汚いとかの概念が消え失せるぐらいしっかり様々を洗い流した自分を、

にこにこと上機嫌に飯の準備をする梛義が出迎える。

部屋にカレーの香ばしい匂いがふわりと流れ、それを感じたと同時に腹の虫がここぞとばかりに鳴り始めた。

「わはは、めちゃくちゃ腹鳴ってるな。」

「昼飯パン一個だったんでな、すまん。」

俺の為に、とこの前の旅行で買ってきた群青色の深皿にたっぷりと盛られたカレーが食卓に置かれる。

梛義のカレー美味いんだよな。と思いつついそいそと食卓に腰を下ろした。

「おー、美味そー…」

「待った、髪の毛乾かしてないじゃん。」

背後に立った梛義は俺の濡れた髪の毛をわしゃわしゃと触る。そんな事より早くカレーをかき込みたくて触られた頭をぶんぶんと振った。

「だーめ、風邪ひくだろ?ほら、こっちおいで。」

「む…自然乾燥でどうにか…」

その願いも虚しく、無言でじぃ・・・っと見つめられてしまい、渋々言われるままソファに座ってドライヤーを取りに行った梛義の背中を眺める。

頭ぐらい自分で後でやるのに…とお腹が空いて逸る気持ちと、梛義の優しさにじんと胸が暖かくなる。

ドライヤーを取って戻ってきた梛義がソファに座り、俺はソファから降りて梛義の足の間に挟まるように体を動かす。

「ん、いい子~。」

そう言われながら熱風が当てられていく。目に風が当たって、疲れ目の自分は乾燥から思わず目を瞑った。

梛義の大きい手で頭をまるごと触られて、髪をわしわしと掻き混ぜられるのはとても心地良い。

俺の頭って別に小さいとかでは無いと思っていたが、それを丸ごと掴めちまうってのは…

と自分の手を握ったり開いたりしながら考えていると、梛義の顔がすぐ横に降りてくる。

「なーにしてんの?」

「んー、何も無い。」

そんな他愛の無い会話すらも心地よく思えて、挟まれている梛義の足に寄り掛かった。

先程まで感じていた疲れや将来への不安やそんなことが小さく感じ、緩やかに消えていくほどにはこの空間、時間の心地よさは異常だ。

今まで人と時間を過ごしていく中で、ここまで気を許して受け止めて貰ったこともないし、自分も無意識に梛義の全てを享受している。

人生を添い遂げるのは異性と。なんて固定観念を当たり前のように呈してくる奴らに、オレのこの幸せがわかってたまるものか。

なんて最後の失礼な客の事を思い出しつつ考え事をしていると、髪の毛が乾いたようでドライヤーの電源がオフになった。

「よ~し、乾いたよ。」といいつつ頭を優しく撫でられ、どうでもいい悩み等ががぼんやりと輪郭が無くなって、どうでも良くなってくる。

口でありがとうと伝える前に、のせられた手に少しだけ頭を預けた。恥ずかしい気持ちも少しあるが、疲れも相まってこの温もりが今のオレには一番必要な栄養素のようだ。

「ふふ、茅花は今日随分お疲れみたいだな。」

そう言ってするりと顎を持たれ、梛義が唇を重ねてくれた。

幸福感で胸がぎゅっと痛くなるのと同時に、心構えをしていなかったのもあり体に一気に熱が上がっていく感覚が背筋に走る。

「・・・すまん。最後に泥酔したジジイ乗せたのが運のツキだったわ。」

「うわヤバそう。とりあえず冷める前に食べちゃいな。食べ終わったら話いくらでも聞くし。」

「ああ、うん。先寝ててもいいんだぞ。もう遅いし。」

「もうこんな時間で何時に寝ても変わんないよ。茅花と居たいし。」

「・・・そうなら別に、いいんだけどよ。乾かしてくれありがと。いただきます。」

そう言って手を合わせてカレーを掻き込んでいく。

今ならあの時聞いたラジオの感想がオレには答えられる気がしてくる。

どんなものを、どんな時間に食べようと。

隣にいる人が許して、誘ってくれるなら、それでいいんじゃないかと。

数年前の自分なら全く違う感想だったんだろな、となんだかおもしろくなってきて、口角が上がってしまった。

「そんなに美味しい?」

梛義が不思議そうにこちらを見つめる。カレー食いながらにやけてる人見たらまぁその反応になるよな。


「うん。マジで美味しいよ。」

大切にしないと。

改めて美味すぎるカレーを頬張り噛み締めつつ心に思った。

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サムライリーマン 皇 茅花 設定等 おさでん @odenoden0819

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