第20話 ナナちゃん
帰宅した翌日から、お父さんは夏休みをとったかねあいで、連日お仕事になり、夜勤と準夜勤が増えた。家にいない日が多い。でも、亮にいちゃんと二人だから、寂しくない。
今日は、薺のお見舞いに来た。おみやげを渡すためだ。
「――そうなんだ。ナナちゃんは、なんでも知ってるんだね」
すると鏡を見て、薺がなにか呟いていた。なんだろうと視線を向けてから、ぼくはコンコンと病室のドアをノックする。ここは四人部屋だけど、今は薺しかいない。
「あ! 亮にいちゃん、瑛にいちゃん!」
手鏡をおいた薺が、嬉しそうに顔を上げた。頬があかい。
「おみやげ買ってきたよ」
ぼくが遊園地で買ったおかしと、動物園で買ったぬいぐるみを見る。持っているのは亮にいちゃんだ。すると薺が嬉しそうな顔をしてうなずいた。
「早く元気になって、ぼくも行きたいなぁ」
「ああ、きっとよくなる」
小さく笑って亮にいちゃんが言った。ぼくも薺が元気になるといいなと思う。
なんだか図書室で本を読んだ後から、ぼくは自分自身を振り返って、もう薺がいないのがいいなんて思いたくないと感じている。ぼくは、亮にいちゃんがぼくにとって自慢のお兄ちゃんであるように、薺にとって自慢となるようなお兄ちゃんでいたい。
「あ、見てこれ」
ぼくがうで時計を見せると、薺が目を丸くして、こうふんした様子になった。
「すごい! カッコイイ!」
「だろ?」
嬉しくなって、ぼくは何度も頷いた。
「薺は、病院はどうだ?」
亮にいちゃんが聞いた。これはいつも聞くことだ。
「うん。最近新しいお友達ができたんだよ。ナナちゃんっていうんだ」
同じ名前を聞いたことがあるけど、珍しい名前ではないし、この小児科の患者の子かなとぼくは思った。まさか薺のそばに、手鏡の中のナナちゃんがいるとは思えない。
その日はそれから雑談し、ぼくと亮にいちゃんは病院から帰った。
夏休みが始まって二週間。
ぼくは早めに宿題をかたづけることにして、リビングでタブレット端末を見ていた。自由研究の資料になりそうなものを検索している。
「うーん」
なにをするかが決まらない。悩んでいると、家の電話がなった。亮にいちゃんがキッチンから顔を出して、電話を取る。
「はい、楠谷ですが――……っ、そうですか……いえ……いいえ、俺は……っ……はい。では、一度だけ……ええ、はい」
哀名よりも冷たい顔で電話をしていた亮にいちゃんを見て、ぼくは心配になった。見守っていると、電話を置いた亮にいちゃんがぼくを見た。そして無理に笑ったような顔をした。
「瑛」
「なに?」
「俺は今から出かけてくる。今夜は戻らないかもしれない」
「う、うん」
「一人で大丈夫か?」
「ぼくは大丈夫だけど……」
亮にいちゃんのほうが、大丈夫ではなさそうな顔に見えた。
「きちんと留守番してろよ? な?」
そう言うと亮にいちゃんが自分の部屋に行った。そして着替えて出てきた。
「いいか? 戸じまりはきちんとしろよ? それと、知らない人にはついていっちゃダメだからな」
亮にいちゃんはぼくに告げると、玄関から出て行った。まだ朝の九時だ。どこへ行ったんだろう? 考えつつ、ぼくは自由研究と向き合った。なにかの観察にしようかと思うけど、ぼくの家に生き物はいない。
そんなことをしているとお昼になった。
冷蔵庫には亮にいちゃんの作り置きがたくさん入っているから、全然ご飯には困らない。ぼくはご飯を食べてから、うで時計を見た。
「ちょっと出かけてこようかな。気分転換、大切だよね」
一人うなずいて、ぼくは出かけることにした。
ゆっくりと通学路を歩いて行き、神社に通じる石段を見る。
すると透くんがいた。ぼくはテーマパークのことを思い出して、話を聞こうと、走りとった。
「透くん!」
「おはよ、瑛。どうしたの?」
「ねぇねぇ、テーマパークにいたよね? 弥生ハイランドパーク!」
「――ああ。あの日は暑かったね」
「亮にいちゃんと知り合いだったの?」
「気になる?」
「うん」
「知りたかったら、俺の家に遊びにおいで」
それを聞いて、ぼくは迷った。知らない人の家には、ついていってはダメだと言われている。だけど、透くんのことは知っている。大丈夫だろうか? なにより、ぼくは亮にいちゃんのことが気になるし、透くんについていくことに決めた。
「行く!」
「いつくる? 俺は今からでもいいけど。むしろ、今がいいかもね」
「じゃあ、今行く! 連れて行って」
「いいよ」
石段から立ち上がった透くんが降りてきて、ゆっくりと歩きはじめたので、ぼくも隣に並んで歩くことにした。
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