第19話 夏休みの開始
こうして夏休みがはじまった。
ぼくは本日、後部座席に乗って、わくわくしている。助手席には亮にいちゃんがいて、運転手はお父さんだ。車に乗るのは久しぶりだ。泰我先生には、送ってもらったけど、お父さんの車は特別だ。
車の窓から見ていると、きさらぎ市の風景がどんどん流れていって、すぐに弥生市に到着した。遠目にはもう、観覧車が見える。ぼくはあれにも乗ってみたい。ただ、ジェットコースターも見えるけど、あれは嫌だ。
今日は旅館でゆっくりして、明日テーマパークに行く。明後日は動物園にいって、その次の日に帰ってくる予定だ。車の中で、気づくとぼくはうとうとしていた。
『また来たのか。次は無いぞ?』
そんな声を聞いたようにも思う。夢かなと思っていたとき、旅館についたと揺り起こされた。どんな夢だったかは忘れてしまった。
二階のお部屋で、海がよく見える。太陽が海に沈んでいくのを眺めていると、亮にいちゃんがお茶を三人分入れてくれた。お父さんは、お布団をしいている。
それから三人で座り、お茶を飲んだ。
「いい宿だな」
お父さんの言葉にぼくは笑顔でうなずく。亮にいちゃんも笑顔だ。
「さきに温泉に入りに行くか?」
「うん!」
お父さんの声にぼくはお茶を置き、亮にいちゃんが頷いた。
お茶を飲んでから、ぼく達は温泉に入った。広い大浴場で、薬湯があった。ぼくと亮にいちゃんはサウナに入ってから、水風呂に入ってみた。大人な気分を味わった。だけどもう、ぼくは気づいている。ぼくはまだまだ子どもな部分も多い。
部屋に戻るとすぐに、夕食が運ばれてきた。美味しいお刺身と天ぷらを食べて、ぼくは大満足だ。写真をとって、哀名に送った。その夜は、ぐっすりと眠った。
たくさん寝たから、次の日の目覚めは最高で、ぼくはテーマパークにそなえることができた。早く行きたくて、たまらなかった。
こうして翌日、ぼく達はテーマパークに来た。
チケットは買ってあったみたいで、一枚貰ってゲートをくぐる。
三人で中に入り、ぼく達はパンフレットを見る。すると亮にいちゃんがぼくを見た。
「何にのる?」
「亮にいちゃんは何に乗りたい?」
「俺は……んー、ここはお化け屋敷が怖いらしいから、そこが気になる」
よかった、ジェットコースターじゃなかった。ぼくはほっとしながら、頷く。するとお父さんが、ぼく達をスマホで撮影した。パシャリと音がした。それを聞いてぼくはお父さんを見た。
「三人で撮ろうよ!」
「そうだな」
今度はぼく達三人で、自撮りをした。家族サービスなのだから、家族写真は大切だ。
「お父さんは何に乗りたい?」
「お父さんは、乗り物のそばで待ってるよ。亮といっておいで」
優しい顔で笑っているお父さんに、ぼくはうなずいた。亮にいちゃんにはいつもいっぱいお世話になっているから、今日はぼくが付き合ってあげよう。
「お化け屋敷、行く?」
「ああ、そうだな」
こうしてぼく達は、お化け屋敷にむかって歩きはじめた。
まだ混んでいなかったので、すぐに入ることが出来た。洋風のお化け屋敷で、プロジェクションマッピングで様々なお化けが出てくる。だけど本物を見ているから、全然怖くない――けど、急に出てきたり、おどろかされると、ビクってしてしまい、ぼくは思わず亮にいちゃんの腕を抱きしめた。
「大丈夫だよ。俺が守ってやるからさ」
よゆうありそうに笑った亮にいちゃんは、おどろくことなく、出口までぼくを連れて行ってくれた。さすがだ!
そんな風にして、大観覧車にのったり、各地を回った。お父さんは何度も写真を撮っていた。そして一通り回り終えてから、ぼく達は、薺におみやげを買うことにした。お父さんは職場にも買うらしい。亮にいちゃんがトイレにいってくるというので、ぼくとお父さんで、先におみやげもの屋さんに入った。
そこにあったデジタル時計を見て、ぼくは目がくぎづけになった。時間はスマホで分かるけど、お父さんもしている時計が、ぼくの憧れだ。
「買おうか」
「いいの?」
「ああ。記念だからな」
お父さんがぼくにうで時計を買ってくれた。お店の人に箱から出してもらい、ぼくはその場で左腕に身につけた。カッコイイ。
「亮にいちゃんに見せてくる!」
「ああ、迷子になるなよ」
ぼくはうなずき、おみやげもの屋さんから外に出た。トイレはすぐそばだ。そう思って顔を向けると、亮にいちゃんが立っていた。左の方向を見ている。歩きながら、ぼくもそちらを見た。そしてびっくりした。そこには透くんが立っていたからだ。
「なぜここにいるんですか?」
亮にいちゃんが、いつもとは違う……哀名みたいな、なんの感情も見えない声で透くんに言った。透くんはいつもの通りで、楽しそうに笑っている。ただ、目が笑っていないようにも見えた。
「楽しい旅行に行くらしいと聞いたからさ。楽しい? 家族ごっこ」
「……」
亮にいちゃんの顔色がどんどん悪くなっていく。今までにないくらい、ぼくが見たことがないほど、冷たい顔をしている。
ぼくが困惑して思わず立ち止まっていると、ふいに透くんがぼくを見た。
そしてニヤっと笑った。
「じゃあね、亮。楽しんで」
そう言って、透くんは歩いて行った。ずっと亮にいちゃんはそちらを見ている。
知り合いなのだろうか? そういえば、前にも崎保という名前の話が出ていたっけ。
透くんがいなくなったら、ぼくの緊張がほどけたようになったので、歩みを再開した。
亮にいちゃんの向こうには、風船を配っているピエロが見える。
図書室ピエロも、ああいう感じなのだろうか? 赤い鼻で、頬にペイントがあって。
「亮にいちゃん!」
ぼくが声をかけると、ハッとしたように、亮にいちゃんがぼくを見た。
「みてみて! 時計を買ってもらったんだよ!」
「お! かっこいいな」
「でしょ?」
亮にいちゃんはいつも通りの顔に戻っていた。それにほっとしながら、僕達は二人で、お父さんのところへと戻った。
次の日の動物園も楽しくて、ぼくはその写真も哀名に送った。
じゅうじつした、夏休みのすべりだしに、ぼくは大満足した。
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