第17話 人体模型の怪

 顔の半分側が、まちがいなく人潟くんだ。


 ……人潟くんが人体模型だったのか。

 考えてみると、いつも正面を向いているか、ちょっとしかぼくの方を向かなくて、それはいつも左側だった。それに、夏休みも学校にいるだろうから、荷物を持って帰らないのもわかる。トンカラトンのときだって、学校には出ないから安全だと話していた。そんなことを考えていると、人潟くんの顔が、泣きそうにも怒っているようにも見えた。もう半分は、顔の筋肉の模型だから、表情はわからない。


「見ーたーなー!!」


 人潟くんがそう言って手を伸ばしてきた。

 哀名がぼくの手を握り返し、引っ張って走り始めた。あわててぼくも走り出す。

 ぼくと哀名は階段を駆け下りる。

 だがどんどん人潟くんが迫ってくる。足が速い。二階の廊下で曲がったぼく達は、突き当たりを目指してとにかく走る。しかしどんどん距離をつめられる。このままでは、捕まってしまう。そう思った時だった。


 突き当たりの階段から、誰かがのぼってきて姿を現した。


「泰我先生!」


 ぼくは先生を見て、思わず声を上げた。するとニコリと笑った先生が、それからすぐに真剣な表情に戻り、ぼく達の横をすり抜けて、走ってくる人潟くんの前に立った。片手を突き出す。


!!」


 先生がそう言うと、ぶわりと風が吹き、先生の手の辺りがあわく光った。

 まるで空気の壁にぶつかったみたいに、人潟くんの動きが止まる。


「こら、人潟。生徒を襲わないって約束しただろう? 約束を破るなら、もう教室に入れないぞ」

「せ、先生……でも……みんなにバラされたら……」


 人潟くんが泣きそうな声を出した。


「泰我先生は、人潟くんが人体模型だって知ってたの?」

「――まぁな。これでも寺生まれだからな」


 振り返って笑った先生は、それからぼく達を軽くにらんだ。


「お前達、もうとっくに下校時刻は過ぎてるぞ? どうしてここにいるんだ?」


 そうだ、ぼく達は、先生にここにいるとバレてしまったんだった。

 ぼくが項垂れると、哀名が言った。


「『図書室ピエロ』の居場所を知らないか、人潟くんに聞きに来たんです」

「図書室ピエロ……? それはまた懐かしいようで忘れられない名前だな……」


 泰我先生はそう言って腕を組むと、チラリと人潟くんを見た。


「俺も興味がある。人潟、何か知っているか?」


 すると人潟くんが、顔を上げた。


「図書室ピエロ……ああ、校内だけは、ピエロも歩き回れるようになったから、何度か競争したんだよ。でも、その後ね、鏡を伝えば、きさらぎ市の他の場所にも行けるってナナちゃんに教わってからは、帰ってこなくなっちゃった。校内以外では、多分外には出られないけどね」


 人潟くんの言葉を、ぼくは不思議に思った。


「どうして校内では外に出られるの?」

「さぁ? 校内以外でも、出られる方法もあるかもしれないけど、ぼくと話したときの図書室ピエロは知らないみたいだった」

「そうなんだ」


 ぼくがうなずくと、泰我先生がうなった。


「まぁ……きさらぎ市から他の土地にはいけないはずだ」

「どうしてですか?」

「うちの寺が、この学園都市の――きさらぎ市の周囲に結界を張ってるんだよ。兄貴がさ」


 結界とはなんだろう?

 ぼくが考えていると、哀名が頷いた。哀名には分かったみたいだ。


「それより、二人とも。今回は俺が見つけたからいいものの、学校に勝手に入ってはダメだ。危ないんだぞ?」


 泰我先生の顔が怖くなった。

 ぼくは背筋をのばす。

 そこから……お説教が始まった。ぼくは必死で真面目な顔をする。先生はいつも明るいけど、怒ると長い。哀名をチラリと見れば、無表情で聞いている。


「――いいな? 二度とこんなことはするなよ?」

「は、はい!」

「わかりました」


 ぼくと哀名がそれぞれうなずくと、泰我先生もまた大きくうなずいた。


「人潟はきちんと理科室にもどれ」

「はい……」

「二人は俺が車で送るから、ついてくるように」


 その言葉に、ぼくは人潟くんを見た。


「ぼく、誰にも言わないよ、人潟くんが人体模型だって。だからまた明日、教室で」

「楠谷くん……ありがとう」

「私も言わないわ」


 こうしてぼくと哀名は、泰我先生に連れられて外へと出た。

 そして車で送ってもらった。

 亮にいちゃんもお父さんも帰っていなかったから、ぼくの夜の外出は、家族にはバレなかった。



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