第7話 〝子供〟


「俺には、弟がいる」

「ぼくにもいるよ」

「そうか。これは――十二年前の話だ。俺と弟の歩夢あゆむは、興味本位で『図書室ピエロ』が実在するかどうか、確かめに行ったんだ。瑛の通うあの学校の図書室に」

「うん」

「そこにある鏡を三分見つめると、ピエロが出てくるというウワサだった。そして、俺と歩夢は鏡を見て……出たんだ。本当に出たんだ、ピエロが」


 ぼくは目を丸くする。


「赤く丸い鼻、星形のペイントがある白塗りのほほ、何重にもアイラインが引かれた目、ふわふわの巻き毛、そしてストライプの服。サーカスやテーマパークにいそうな、そのままのピエロが、上半身を鏡から出して、手を伸ばしてきた」


 つらつらと語る水間さんは、とても苦しそうだ。


「俺はとっさにあとずさったが、恐怖で凍り付いていた歩夢は動けなかった。ピエロは、歩夢の体をつかんで、鏡の中にひきずりこもうとした。それで俺は我に返り、あわてて歩夢の手をつかんだ。必死だった」


 水間さんは、そういうとメガネを外して、テーブルに置いた。


「だが、ピエロの力は強く、俺はこのまま歩夢の手を握っていれば、自分も引きずり込まれると怯えた。そして――俺は手を離した。怖かったんだ。俺は、一人で逃げる道を選んだ。歩夢を見捨てたんだ」

「っ」

「今でも歩夢が、『お兄ちゃん』と泣き叫ぶ声が、頭から離れない。そのまま図書室ピエロに引きずり込まれて、ぐるぐると歪んでいた鏡の表面はもとに戻り、以後――歩夢はいなくなってしまった。当初は散々言われたよ。幻覚でも見たんじゃないかって。だが、違う。図書室ピエロは実在する」


 水間さんは、つづいてマスクを取った。それを膝の上に置きながら、水間さんがうつむく。


「歩夢を見捨てたあの日から、俺の時計は止まってしまったらしい。俺は今でも、あのときの夢ばかりを見る。俺は、〝子供〟のままなんだ。事件をずっと、ひきずっている」


 その言葉に、ぼくは息を飲んだ。ぼくよりずっと〝大人〟に見える水間さんの言葉に、びっくりしてしまう。ぼくは、どんな言葉をかけたらいいんだろう。


「だから――」


 すると水間さんが言った。


「だから、俺は必ず図書室ピエロを見つけ出し、歩夢を取り返す。そう決意して、都市伝説の調査をしているんだ」

「そうだったんだ……」

「情けないだろう? 臆病者だろう? あきれたか?」

「ううん。そんなことないよ。水間さんは、助けようとしてるんだから――強いよ!」


 ぼくはぼくなりに、自分の言葉で思ったことを伝えた。

 すると水間さんは目を丸くしてから、また苦しそうな優しそうな、両方が混じっている顔で笑った。マスクがないからよく見える。亮にいちゃんほどではないけど、とってもカッコイイ。


「ありがとう、瑛」

「ううん。本当のことを言っただけだから」

「――歩夢のことを思い出すから、瑛を連れて行くのは迷ったんだ。だが、今日は来てくれて助かった。ありがとう」


 水間さんの言葉に、ぼくはうなずく。それから、はたと思い当たった。


「ねぇ、水間さん?」

「なんだ?」

「都市伝説を調べるの、ぼくも手伝おうか?」

「……たった今、危険性を話したと思うが?」

「だって、都市伝説って学校にいっぱいウワサがあるよ? 実際に学校に通っているぼくの方が、調べやすいと思うんだけど」

「それは……、……その通りだ」

「協力するよ。ぼくも、歩夢くんを助けるの、手伝いたい。力になれるよ、だってぼくは――」


 ――〝大人〟だから。そう言いかけて、ぼくは言葉を飲み込んだ。

 代わりに、水間さんに向かって、ぼくは右手を差し出した。


「ぼ、ぼくは、水間さんのお手伝いを一回してるから、〝じっせき〟があるんだからね!」

「そうだな」


 するとくすりと笑って、水間さんがぼくの手を握った。握手をしながら、ぼくはじっと手を見る。水間さんは指が長く骨張っている。


「よろしく頼む」

「うん! それじゃあ……毎週日曜日! 日曜日に〝ていきほうこく〟をするよ!」

「分かった。場所はどうする?」

「うーん……うん。この公園にしよう!」


 ぼくが決めると、水間さんが笑顔で頷いた。今は、苦しそうな顔はしていない。


「来週からも、ここで待っている。時間はどうする?」

「今日と同じ!」

「メモしておく」


 そんなやりとりをしていると、市内放送が、昼の十一時を知らせる音をひびかせた。


「そろそろ解散しよう」

「うん!」


 こうしてぼく達は、その場で別れた。




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