第5話 雨
ぼくは青い大きなカサを差して、一人下校している。
今日は、お気に入りのTシャツを着ている。亮にいちゃんが、ピシッとするようにアイロンをかけてくれたTシャツは、真っ赤な色をしていて、中央に黒と白の〝陰陽マーク〟が描いてある。おたまじゃくしを重ねたみたいなかたちで、『おんみょうじ』みたいだ。
青い傘も、〝大人〟のカサだ。なんていっても、お父さんとおそろいだ。
六年生になったお祝いの買ってもらった。
今は、つゆの時期だから、カサを使うときは、いっぱいある。
「ん?」
ぼくは立ち止まる。ぼくが進む歩道の正面に、赤いカサをさしている子が立っていたからだ。赤い上着で、ズボンも長靴も真っ赤だ。カサが小さく角度を変えると、その子と目があった。青白い顔をしていて、大きな目がぼくをじっと見ている。人形みたいな表情をしていて、ぼくは〝ケゲン〟に思って首をカタの方に動かした。
「……」
「どうかした?」
ぼくが聞くと、その子はじっとぼくの胸の辺りを見た。
そしてふるふると首を振ると、ぼくの横をすり抜けて、何も言わずに歩いていった。
不思議な気分で、ぼくは振り返ってその子を見ていた。
男の子にも、女の子にも見える、ガリガリの子供だった。
「帰ろう」
僕はひとりごとを言って、家へと戻った。すると亮にいちゃんが、キッチンでお玉を持ち上げて、横にいるお父さんと話していた。ぼくは静かに家に入ったから、二人はぼくに気づいていないみたいだ。
「亮。きみは俺の子だ。だからなにも気にすることはないんだよ」
「でも……」
「崎保の家のことなど、もう気にすることはない」
お父さんの声は、言い聞かせるようなものだった。いつも明るい亮にいちゃんが、何も言えないようで、鍋の中をじっと見始めた。
……崎保?
それは、透くんの名字とおんなじだ。なにか、関係があるのだろうか。
キッチンに、気まずい空気が流れている気がしたから、ぼくは今帰ってきたふりをすることに決める。ぼくは〝大人〟だから、聞いていないふりをして、その場の空気を変えようと思った。
「ただいまー!」
するとビクリとしてから、そろって二人が振り返った。
そしてぼくを見ると、さっきまでの気まずい空気なんかなかったように、二人も笑顔になった。ぼくも両頬を持ち上げる。
「おかえり、瑛。今日はビーフシチューだぞ」
「やったぁ。亮にいちゃんのビーフシチュー、大好き」
「亮は本当に料理上手だと、父さんも思うよ。いい香りがするなぁ」
変わった空気に、ぼくは満足した。その頃には、すれ違った真っ赤な子のことなんて、すっかり忘れていた。
その内につゆは、いつの間にかいなくなっていた。気がついたら、セミがなく季節だった。
夏休みは七月の終わりの方からだから、ぼくにはまだ学校がある。
小学校最後の夏休みだ。
ぼくはお父さんと亮にいちゃんと、二泊三日で旅行に行く。遊園地に連れて行ってもらう。子供っぽいと思ったけど、亮にいちゃんがとってものり気だったから、ぼくはつきあってあげることにした。ただぼくは、ジェットコースターはあんまり好きじゃない。亮にいちゃんがのりたいって言い出したら、どうしよう。
〝大人〟になると、悩みがつきない。大人になるというのは、大変だ。
そう考えながら通学路を歩いていると、神社の鳥居が見えてきた。そこへと続く石段には、たまに透くんが座っている。だけど、今日はいない。ぼくはそれよりも、赤い鳥居の下に、前に見たことがある緑の外套を着ている、マスクをして四角い黒縁眼鏡をかけた人を見つけた。たしか、水間さんだ。図書室のマスク男が出て来なかった理由だって西くんが言っていた人だ。どうしてここにいるんだろう? 今日は土曜日じゃないし、そもそもここは、図書室でもない。
不思議に思って、ぼくは石段を登ることにした。
そして距離がちぢまったところで、声をかける。
「水間さん」
ちょっとだけ勇気を出した。水間さんが、怖い顔をしていたからだ。マユとマユの間には、深くシワがきざんであった。おどろいたように、水間さんがぼくへと向きなおる。
「ああ、たしか泰我のクラスの楠谷くんだったな?」
「うん。楠谷瑛だよ。水間さんは、ここでなにをしているの?」
ちょっとした好奇心だった。ぼくはたくさんのことに興味を持つようにしている。
「別に」
「用事もないのに、誰もいない神社にいたの?」
「……」
「なにかあるんでしょう?」
「……ちょっとな」
水間さんは、浮かない顔をしている。それから少しの間、考えるようにまばたきをしてから、改めてぼくを見た。
「小学校で、『まっかっかさん』という都市伝説を聞いたことはあるか?」
「まっかっかさん? 初めて聞いた」
「そうか。まぁそれもそうだな。噂になるはずはないか。見たものは死ぬのだから」
「えっ」
〝ふおん〟な言葉に、ぼくはおどろいた。
「まっかっかさんに会うと、死んじゃうの?」
「いや、忘れてくれ」
「教えてよ。まっかっかさんって、どんなの? もし会ったら、逃げなくちゃ」
「会ってしまえば終わりなんだ。ごく一部、理由は不明だが助かった子はいる。だが、基本的には、五日以内に、なんらかの理由……交通事故であったり、心臓まひであったり、様々な理由で死亡する」
真剣な目をして、水間さんが言った。ぼくは怖くなって、うでで体を抱きしめるようにした。
「まっかっかさんの特ちょうは、前身真っ赤だということだ。赤い服を着ていて、赤い傘を差していて、赤い長靴を履いている。雨の日にのみ、この辺りに出現する」
ぼくはそれを聞いてハッとした。ぼくが梅雨の頃にあった子と、おなじように聞こえる。
「水間さん、ぼく、まっかっかさんに会った!」
「なに? 何日前だ!?」
水間さんの声の調子が強くなった。ぼくは、死んでしまうのかと怯えながら、お母さんのことを思い出す。お母さんも、本当に急に亡くなったからだ。
「つゆのとき。六月の真ん中よりも前だよ」
「っ……きみは、生還者と言うことか」
「セイカンシャ?」
「生きている貴重な人間という意味だ。そのときのことを、できる限り思い出して欲しい。なにか特別なことはしたか?」
真剣な顔で水間さんがぼくを見ている。ぼくは困ってしまった。
「なんにもしてない……傘を差して、歩いていただけなんだ」
「持ち物は? 服装は?」
「ぼくは赤いTシャツで……あ! おんみょうじのマークが胸に入ってるTシャツだった! 白と黒のオタマジャクシみたいなやつ!」
「……
難しい名前と、落ち込んだように肩を落とした水間さんを見て、ぼくまで悲しくなってきた。
「まっかっかさんは、きみの前で、なにかしたか?」
「ぼくの胸の辺りをじっと見てたから、ぜったいあのマークを見てたんだと思うんだけど……ん? 違うのかも。ぼくの服を見てたのかな? おそろいの色だから」
ぼくがひらめいたことを言うと、いきおいよく水間さんが顔を上げた。そしてメガネの位置を指で直してから、ゆっくりと頷いた。
「その可能性はあるな。そうか、赤い色が〝カギ〟になっているのかもしれない」
水間さんはそう言うと、カバンからタブレットを取り出した。ぼくも授業で使うから、学校から配布されて、一台持っている。水間さんは画面に触れた。背伸びをしてぼくがのぞき込むと、そこには天気予報がのっていた。
「明後日の予報が雨だ。まっかっかさんが出る可能性が高い」
「家にひきこもっていた方がいいかな?」
「きみはな」
「きみじゃない。ぼくは瑛だよ」
「瑛。瑛は家を出るな」
「水間さんはどうするの?」
「俺は赤いものを身につけて、本当に効果があるのか試す」
「え!? もし間違いだったら死んじゃうよ?」
「――構わない。俺は都市伝説の〝しんぎ〟を確かめるために生きているんだ」
水間さんが言いきった。ぼくは少し困った。止めるべきだと思ったけど、水間さんはぜったいに行くという顔をしている。
「だったらぼくも行くよ! ぼくは一回会って、助かってるんだ。ぼくが一緒だったら、なにか役に立つかもしれない」
ぼくの言葉を聞いて、水間さんが目を丸くした。そして心なしか苦しそうな顔をした後、小さくうなずいた。
「本当は、まきこみたくはない。だが……瑛、力をかして欲しい」
「まかせて!」
人助けは率先的にするのが、〝大人〟だ。ぼくは大きく頷いた。
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