第4話 餃子

 朝は登校班があるけれど、帰りは各自だ。下校班はない。

 この日も徒歩でぼくは、ゆっくりと通学路を歩いていた。


「おはよ」


 すると神社に続く階段の前で声をかけられた。視線を向けるとそこには、金色に髪を染めている、首にストールを巻いたとおるくんが座っていた。大学生だと前に聞いた。


「もう夕方だよ?」

「大人は会ったら『おはよう』って挨拶するんだよ。覚えておくといいよ」


 初めて声をかけられたのは、半年ほど前のことで、崎保透さきほとおると名乗った。以来、ぼくは『透くん』と呼んでいる。


「今日もひまなの?」

「ひまじゃないけど、瑛の顔を見に来てあげたのに。酷い言い分だな」

「ぼく別に見てもらわなくても平気だけど」

「本当に? そうなの? お兄ちゃんがそばにいてくれるから平気って事?」


 透くんの声に、ぼくはムッとした。


「亮にいちゃんは、今日もバイトだよ。それに僕は亮にちゃんがいなくても大丈夫だもん。亮にちゃんは、薺に熱心なんだ」


 前に『兄弟がいるか』と聞かれて、亮にいちゃんと薺のことを話してから、ちょくちょくこのような話になる。ぼくの言葉に、おなかを抱えて透くんが笑った。


「みじめだね。弟にお兄ちゃんを盗られちゃったんだ?」

「違うもん。ぼくが、一人でも大丈夫なだけ」

「へー。俺は独りは寂しい方だから、感服だ」

「もう帰る。またね!」

「うん、また。気をつけてね」


 こうして手を振りぼくは帰宅した。




「だから亮は俺の子供だと言ってるだろう! 二度とかけてくるな!」


 マンションの扉を開けると、お父さんの怒鳴り声が聞こえてきた。

 おどいてぼくは目を丸くする。いつも優しいお父さんの声にビクビクしながら靴を脱ぎ、音を立てないように中へと入る。すると、めったにならない家電の受話器をたたきつけるようにお父さんが置いて、電話を切ったところだった。


「まったくこれだから……」

「お父さん……?」

「! あ……おかえり、瑛。今日は早かったんだな」


 ぼくを見るとお父さんが笑顔になった。だけど頬が引きつっていたし、作り笑いなのはぼくから見て明らかだった。そもそも別に本日のぼくの帰りも早くない。


「今日は俺が腕によりをかけて晩飯を作るからな」

「……う、うん。亮にいちゃんは?」

「亮はそろそろバイトから帰ってくるだろうけど、たまにはお父さんもな。よーし、瑛も手伝ってくれ! 亮を喜ばせよう!」


 気分を切りかえたように明るくいうお父さんの姿に、電話の話を聞くのは止めてぼくは頷く。


「何を作るの?」

「餃子にしよう」

「うん!」


 こうして二人でダイニングキッチンのテーブルの上で、たねをつくり、餃子を手作りしていった。亮にいちゃんが帰ってきたのはそれから二時間後で、十九時頃だった。


「ただいま。あれ、あれ……あれ? 流し台が粉まみれだな?」

「ちょっと張り切りすぎた」


 お父さんが笑うと、流し台の周囲に飛び散っている粉を見て、クスクスと亮にいちゃんも笑った。

 この日は三人で、餃子をその後ホットプレートで焼いて、パーティーとした。お父さんはお酒の缶をあけていて、亮にいちゃんとぼくは麦茶だ。


「最近学校はどうだ?」


 食べていると、お父さんが言った。亮にいちゃんとぼくをそれぞれ見る。ぼくは自分に箸の動きを止めた。思い出すのは――……。


「ねぇねぇ、『図書室ピエロ』って知ってる?」


 このまえ水間さんに聞いた言葉だ。すると亮にいは首をふった。

 だがお父さんが動きを止めた。


 お父さんは、顔を下に向けしょう油皿を見た。


「今年でもう十二年か。瑛が生まれた年だものなぁ」

「お父さん何か知ってるの?」

「うん? ああ、昔の話だけどな……そう、丁度十二年前に、今瑛が通ってるきさらぎ学園小学校で失そう事件があったんだ」


 きさらぎ学園は、市立の一貫校だ。幼稚園から大学院までがあり、この土地を学園としたら占めている。ただその中には他の市立校などもあり、たとえば亮が通うきさらぎ市立山都未来高校は県立だ。


「図書室の鏡からピエロが出てきて、児童を引きずり込むという噂で、当時は持ちきりだったよ。今も、行方不明のままみたいだな」


 お父さんの声に、亮にいちゃんが不思議そうな顔をした。


「俺の学校の図書室にも鏡はあるけど、そんな話があるんなら、取り去った方がよくないか?」

「それがな、本当に鏡の中に連れ去られたとするのならば、鏡がなかったら帰ってこられないかもしれないという話になって、それで撤去されなかったんだと聞いてる。新たな被害者が出るのも怖いが、だからといっていなくなった子を見捨てるのもな」


 お父さんが答えると、納得したように亮にいちゃんがうなずいた。


「一応寺生まれのTさんが封印してくれたという噂だけどな」


 続けたお父さんの声に、ぼくは首をかたむけた。


「Tさん?」

「ほら、十焔寺の」

「泰我先生?」

「ああ、それは次男な。まぁあそこの寺の人だ。って――どうせただの都市伝説だぞ? 瑛。オカルトばっかり信じていると、頭が悪くなっちゃうからな?」


 お父さんの声に餃子を食べながら、ぼくは笑った。

 このようにして餃子パーティーの時は流れていった。





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