第4話 閉園を目指して

「……みんな、ここを出たいと思ってる?」


その問いを発したのは、梨花だった。

広場のベンチに腰を下ろし、黙り込んでいた6人の間に、ぴんと糸が張ったような緊張が走る。


「え……なに、それ。出たいに決まってるでしょ?」

杏奈が即座に返す。


「でも……もし、“この場所”が本当に誰かの願いでできてるなら、誰か一人でも“出たくない”って思ってたら、ずっとこのままなんじゃないかなって……」


「まさか……」

俊が息を飲む。


「なあ、まさか……この中の誰かが、この遊園地を“終わらせたくない”って思ってるってこと……?」


沈黙。

海翔は梨花の顔を見た。梨花は目を伏せたまま、何も言わなかった。

実莉も同じく俯いていた。誰よりもこの遊園地に懐かしさを感じ、誰よりも目を輝かせていたあの表情が、今は別の意味に見えてしまう。


「……でも、わたしは出たいよ」


実莉が、ぽつりと口を開いた。


「本当は……このまま、ずっとここにいられたらいいなって、思ったよ。でも、それってたぶん、現実から逃げてるだけだから……」


言い終えると、実莉は自分の膝を抱えるようにして、小さく丸まった。

彼女の中で、“夢”と“現実”の狭間が静かに崩れていく音がした。


「もう一度、園内を全部見て回ろう」

海翔が提案した。


「閉園のスイッチとか、管理室とか、何かヒントがあるかもしれない。誰かの記憶に残ってるものとかさ」


「じゃあ……手分けしようか」

慧がマップを広げた。


「北エリア:ジェットコースターと食堂棟。南エリア:メリーゴーランドと管理棟。中央広場と観覧車、そして園内放送室があるのは西。東は……廃アトラクション倉庫だな」


「私と海翔で東に行く」

実莉が手を挙げた。海翔がうなずく。


「俺と梨花は北エリア行く」

慧が言い、自然と俊と杏奈が残る。


「じゃあ、私たち西エリアね。観覧車と放送室、行ってみよ」


3組に分かれ、それぞれのルートへと歩き出す。

空は相変わらず昼のまま。時計の針も6時26分から進まない。音楽は繰り返し、風はなく、空気だけが妙に重い。


「こんな風に分かれて行動するの、なんかゲームみたいだな……」

俊が苦笑した。


杏奈は言葉を返さず、ただ前を見て歩き続けた。


東エリアは、遊園地の裏手にある“関係者以外立入禁止”の倉庫や整備棟が並ぶ一帯だった。フェンスが錆び、看板の文字はほとんど読み取れない。


「ここ……覚えてる」

実莉が小さな声で言った。


「子どもの頃、迷子になったときにこの倉庫の前まで来て、スタッフさんに見つけてもらったの」


「……そのとき、どう思った?」


「ヒーローみたいだった。誰もいなくて怖くて、でもスタッフさんが現れた瞬間に光が差したように感じた」


「……なるほどな」

海翔はうなずいた。


「おそらく、あの時の記憶が、この“遊園地の止まった時間”の鍵になってる。きっと、あの時——“この遊園地は永遠に続けばいい”って思ったんだろ?」


実莉は顔を伏せた。返事はなかったが、それが“肯定”であることは明らかだった。


「だったら、ここを終わらせるには……お前が、その時の気持ちと向き合うしかないんじゃないか?」


「……怖いよ」


「でも、行こう。お前が感じたその“場所”へ」


一方、北エリアでは、慧と梨花がコースター裏の電源棟に入っていた。配電盤の一部には「中央管理室→」と書かれたパネルがあり、そこに細い電線が伸びている。


「これ……中央の管理室と繋がってる。園内全体の電源ルートだ」


「じゃあ……そこで何かすれば、閉園が……?」


「可能性はある。でも——」

慧は配線の奥を見つめる。


「誰かがこれを“止めさせないよう”にしてる。異常だよ。普通の回路じゃない。二重三重のロックがかかってる。まるで“意思”が働いてるみたいに……」


その言葉に、梨花はゾクリと背筋が震えた。


そして西エリア。俊と杏奈は放送室に足を踏み入れていた。そこには、マイクと録音機材、そしていくつものカセットテープが置かれていた。


そのうちの一本に書かれていた文字。


『オワリノコトバ』




「これ……なんだ?」

俊が再生ボタンを押すと、スピーカーから流れてきたのは、聞き覚えのある声だった。


「みんな、ありがとう。レインボーランドは、今日で閉園となります——」


——それは、かつての“閉園放送”。


だが、その声の裏に、奇妙なノイズが走る。


「……いたくない、いたくない、ここにいたい、ずっといたい」


小さな女の子の声。重なるように響く言葉。


俊と杏奈は凍りついた。


「……この遊園地には、“願い”だけじゃなく、“呪い”もあるんじゃないか……?」




つづく



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