第3話 止まらないアトラクション
夜が来ない。
閉園時間を過ぎても、園内は相変わらず賑やかな音楽と陽光に包まれていた。
いや、“包まれているように見える”だけだった。
時間の流れが止まってしまったかのような世界で、彼ら6人は出口を探し回るも成果はなく、空気は徐々に重たくなっていった。
「……もしかしたら、アトラクションを止めれば、閉園の合図になるかも」
慧が言った。彼の目はすでに、理工学部で培った理屈のスイッチが入っている。
「例えば、ジェットコースターの電源を落とすとか、ブレーカーを探すとか……」
「やってみよう」
海翔が静かにうなずいた。
「とにかく、このままじゃ帰れない」
向かったのは、園内で一番大きな絶叫系コースター「サンダーストーム」。
全長600メートルを誇る複雑なレールと、高速で走る赤い車両が、今も変わらず、悲鳴の録音とともに空を切っていた。
「ちょっと待って。乗ってる人……全然、顔が見えない」
実莉が眉をひそめて言った。
「え……?」
梨花がよく目を凝らす。
確かに、乗っている“人影”はある。だが、どれもぼんやりと輪郭が歪み、顔がない。目も鼻も口もなく、ただ「人の形」をした“影”が笑い声のような声を上げながら、ぐるぐると周回していた。
「やめよ、やめたほうがいい。これは……停めちゃいけないやつだよ」
俊が声を震わせる。
だが慧は強引にバックヤードへと進み、裏口の錆びた鉄扉を開けた。そこには、制御盤らしきパネルが並んでいる。古びた機械は、一定のリズムで電気を点滅させながら唸っていた。
「電源を落とすよ」
そう言うと、慧はためらいなく主電源のレバーに手をかけた。
「……本当にやるの?」
「何もしなければ、永遠にここに閉じ込められる気がする」
力を込め、レバーを引いた。
「……え?」
誰かが短く声を漏らした。
止まるはずだったコースターは、速度を上げて動き出した。
ブォォォン——!という地鳴りのような音とともに、レールが震え、車両はギシギシと不安定な音を立て始めた。
「逆だ……!やっぱり止めちゃいけないんだ!コースターが暴走してる!!」
慧が慌てて戻そうとするが、レバーは固まり、まったく動かない。
そして次の瞬間——
車両の“先頭”から、ひとつ、人影が落ちた。
いや、落ちたように見えた。
「あれ、誰か乗ってた……?」
「違う、今のは……あれは人じゃない、形だけの、誰かだよ……」
実莉の声はうわずっていた。
遊園地のBGMが、不意に歪んだ。
音程が狂い、童謡のような旋律がスローモーションで流れ出す。
「早くここを離れよう。アトラクションに関わるのはまずい」
海翔が皆を促す。
「でもさ……もしかしたら、この遊園地って、“動き続けなきゃいけない”呪いがかけられてるのかもしれない」
梨花の言葉に、誰も返せなかった。
否定するには、すでに現実味がなさすぎた。
6人は観覧車の近くに戻った。広場のベンチに座ると、どっと疲れが押し寄せてくる。
「休憩所で夜になるのを待つ?」
杏奈が言う。
だが時計を見ると、6時26分。まったく時間が進んでいなかった。
海翔はそっと立ち上がり、園内を見渡す。
遠くで観覧車が回る。メリーゴーランドが音を鳴らす。売店のスタッフが笑っている。
ずっと、同じ光景の繰り返し。
「……これ、俺たちが小さい頃に見た“理想の遊園地”なんじゃないか?」
その言葉に、実莉がはっとする。
「私、小さい頃……言ったことがあるの。
“この遊園地に一生いたい”って……ずっと、ずっと遊んでいたいって……」
海翔は、静かに頷いた。
「もしかしたら、“誰かの夢”がこの場所を支えてる。
それを解かない限り、ここは止まらない」
「じゃあ……その夢を、終わらせるには?」
「それを……これから探すんだよ」
つづく
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