話しかけよう
なんで彼女に気づかなかったのだろう。
とてもお淑やかな子、だからかもしれない。
たそがれ時。車両の中には、
ぐったりした私と水晶のような少女だけがいる。
そして、彼女はじっと私を見つめている。
広い海原を背景にしてじっと私を見ている。
もしかすると、海は我慢の限界かもしれない。
海はこんな小さくてかわいい少女に化けて、今度は力づくで、
私をこのすてきな港町に誘拐するのかもしれない。
そんな妄想を膨らましていたら
――火渦の次は水城です――
青い屋根の駅に着いた。
でも少女は降りない。大きな荷物をだっこして、
虚ろな目で私をじっと見つめている。
それにイラっとした。
文化や風習が違うから部外者の私が我慢をするべきかもしれない。
でも、もし彼女が都会に出れば、
それはとても失礼なことだと知って欲しい。
そう思い、私はやさしく声をかけた。
海の神様かもしれないから。
「こんにちは」
絹のような髪をたなびかす。
彼女は顔をそらした。
とてもしおらしい子だ。
海の神様に勇気を出して声をかける。
「なにか気になることがあるのかな」
遠まわしに伝えても、少女は顔をそらしたまま。
でも両腕は小刻みに震えているから、怯えているのか、
言いたいことを我慢しているのか、それを知りたくて、
いじわる心でさらに言葉を投げかけた。
「素敵な町だね。また来てみたいよ」
とても遅かった。穏やかな水面に大波が伝わるには、
長い長い時間と、広い広い空間が必要だった。
でも、遠くにある荒波は、思っているよりも早く、
私がいる浜辺にたどり着く。
「ちがう」
一瞬で重たい視線を私に投げると、
その勢いに負けて怯みそうになっる。
「こんな場所なんて嫌なの」
そんな少女に私はくぎ付けになった。
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