第9話 王都の市場と二人の料理人
あの衝撃的な味覚訓練から、数日後。
私の舌は、フィクサー様の出す様々な食材やスパイスの味を、記憶し、分析し、言葉に換える訓練を続けていた。
「今日は座学ではない。実践だ」
その日、三毛猫亭に現れたフィクサー様は、静かにそう宣言した。
「最高の料理は、最高の食材選びから始まる。君のその舌が、どこまで通用するか試す。王都の中央市場へ行くぞ」
「えっ、王都の、中央市場!?」
思わず、私は大きな声を出していた。
王都の中央市場。世界中のありとあらゆる食材が集まる、料理人にとっては聖地のような場所だ。一度行ってみたかったけれど、うちの店からじゃ遠いし、そもそも売っているものが高級すぎて、私には縁のない場所だと思っていた。
私は急いで親友のシュミットに店の留守を頼むと、興奮で高鳴る胸を抑えながら、フィクサー様の用意してくれた馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られて一時間ほど。
私たちがたどり着いた王都の中央市場は、想像を絶する場所だった。
活気のある人々の声、焼きたてのパンと香ばしいスパイスが混じり合った匂い、そして、色とりどりの野菜や果物、解体された巨大なモンスターの部位が所狭しと並んでいる。
「すごい……!」
私は、まるで子供のようにはしゃいでしまった。
フィクサー様は、そんな私を横目に、冷静な声で指導を始める。
「いいか、リノン。良い食材は、内側から放つ魔力の輝きが違う。例えば、あのドラゴン肉。赤身の部分に、均一に美しい魔力の光沢が走っているだろう。あれが鮮度の証だ」
「ひゃあ……! ドラゴン肉……!」
値札を見て、私は小さな悲鳴を上げた。一グラムあたりの値段が、うちの店のランチの何十倍もする。
彼は、そんな私の反応など気にも留めず、指導を続けた。
「あの妖精キャベツは、葉脈の走り方で朝露を吸ったものかどうかが分かる。朝露を吸ったものは、格段に甘みが増す」
「ふぇえ……!」
感心するものの、やはりその値段に、私はクラクラしてしまう。
こんな高級食材、私には一生かかっても買えそうにない。
きらびやかな高級食材が並ぶ大通りを抜けた、その時だった。
私は、ふと、ある匂いに気づいて足を止めた。
それは、高級なスパイスの香りとは違う。土と、血と、少しばかりの腐敗臭が混じった、でも、なぜか私の心を強く惹きつける匂い。
匂いに誘われて、大通りから一本入った薄暗い一角へ進むと、そこには、私のよく知る光景が広がっていた。
「わあ……! 宝の山だ!」
そこは、様々なモンスターの「端材」が、二束三文で売られている場所だった。
私は目を輝かせ、誰も見向きもしないような素材を次々と手に取った。
「石化鶏の爪! これ、最高の出汁が出るのに! 巨大ミミズの干物……! 砕いてスパイスに混ぜたら、面白い味になりそう!」
夢中で端材を物色する私に、フィクサー様は呆れたように言った。
「そんなゴミに興味はない。行くぞ」
「待ってください! これはゴミじゃありません、宝物です!」
私がそう言って、棚の隅にあった黒く変色した魔力キノコの石づきを手に取った、その時だった。
フィクサー様が、試すような目で私に問いかけた。
「では、これはどうだ。その石づきは、強い苦味と弱い毒性を持つ。どう調理する?」
私は、その石づきをじっと見つめる。
知識じゃない。私の頭の中に、直接声が響いてくるような、不思議な感覚。
「うーん、父から教わった中にはないんですけど……。なんだか、この子が、『すごく細かく刻んで、カラカラになるまで乾煎りしてくれたら、最高のダシになるよ』って、言ってる気がするんです」
その言葉に、フィクサー様の表情が、初めて凍り付いたのが分かった。
彼の冷静な仮面が、一瞬だけ、はがれ落ちる。
「なんだ、まだそんな
突然、背後から投げつけられた、侮辱に満ちた声。
振り返ると、そこには、取り巻きを連れたガウェイン様と、彼の腕に絡みつくミナリナが立っていた。
ガウェイン様は、私が端材を漁っているのを見て、大声で嘲笑する。
「ミケランの星を目指す者が、ゴミ漁りとはな! 笑わせてくれる!」
「お似合いですわね」
ミナリナも、扇子で口元を隠しながら、クスクスと笑っている。
悔しさで唇を噛む私。
その時、フィクサー様が、私の前にすっと一歩踏み出した。
「君には、この素材の価値が分からないらしいな」
静かだが、氷のように冷たい声だった。
「見る目がない者に、一流の料理は作れない」
「なんだと……? なんだ、貴様は。どこの馬の骨だ!」
逆上したガウェイン様が、フィクサー様に掴みかかろうとする。
私は、思わずフィクサー様を庇うように、二人の間に割って入っていた。
「この方は、私の師匠です! あなたなんかには、料理のことは師匠の万分の一も分かりません!」
私の毅然とした声が、市場の喧騒の中に響き渡る。
フィクサー様と私が並び立ち、ガウェイン様たちと対峙する。
周囲の人々の注目が、私たちに集まっているのが分かった。
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