第2話 決意

「……誰だ?」


声にならないほど、喉が焼けていた。


爆発の衝撃で、意識が霞む。視界が揺れ、ろれつすらまともに回らない。


それでも、見えた。


煙の中。

逆光を背に、少女が立っていた。


その姿は、まるで機械仕掛けの幻影のようだった。


足元には細身のブーツ。戦闘用に設計された蝶の紋が浮かぶ装備。

全身を軽やかに包む機能素材のスーツ。だが、どこか――華やかで、優美だった。


そして。


少女はゆっくりとゴーグルを外す。


あらわになったのは、透き通るような青い瞳と、ピンクゴールドの長い髪。

灰色の煙と対照的に、彼女の輪郭だけが静かに、光を帯びていた。


「私はリオラよ」


その声は、不思議なほど澄んでいて。

冷たい都市の朝に、ほんの少しだけ温度を生んだ。


「あなたの力は、使えるわ。……私と一緒に来なさい」


エイデンは、その言葉を最後に意識を手放す。






「……ビリッ」


額に微かな衝撃が走る。静電気のような刺激。 


「そろそろ起きなさい。いつまで寝てるつもりなのよ」


顔をしかめて起き上がると、そこにはリオラがいた。


小さな個室。湿気を帯びた空気。壁の隙間から差す都市の光は、やけに白く冷たい。電解質の花の残り香が、鉄錆と混ざって鼻をついた。


ツツ――。


肋骨の奥に痛みが走る。まだ、骨が折れたままなのだ。


「……大丈夫?」


リオラの声は柔らかいが、どこか距離がある。彼女はエイデンの様子を一瞥し、淡々と言った。


「まぁ、とりあえず当分はここで暮らしなさい。その方が、道路で寝るよりは安全」


彼女は何者なのか。ここはどこだ? 疑問が頭に渦巻く。


「……なんで助けてくれたんだ?」


その言葉に、リオラはわずかに驚いたような顔をした。


「なんでって……当たり前でしょ。私たちはそういう活動をしてるの」


「活動?」


「輪廻監視局に命を狙われた人を救うの。あなたのような人を」


言いながら、リオラの表情にかすかな陰りが差した。どこか、悲しみを抱えている顔だった。


「……とりあえず、今は休んで。ここなら安全だから」


そう言って、リオラはドアの方へ向かう。


「……待って! 待ってくれ!」


エイデンは思わず声を張った。


「活動って……その、“そういう活動”って……俺も手伝うことって、できるかな……?」


リオラは髪を揺らして、振り返る。淡いピンクゴールドの髪が、蛍光灯に照らされてきらりと光った。


「手伝う? あなたが? さっきの話、聞いてなかったのかしら?」


その言葉は鋭く、冷たい。


「戦闘経験はあるの? 遊びでやってるわけじゃないのよ。私たちは、本気で命を張ってるの」


エイデンは唇を噛む。


「……俺の能力。あれ、少しは使えるんだろ? ……頼む、やらせてくれ」


リオラは黙ったまま、じっとエイデンの瞳を見つめる。


「なんで? なんで、そこまで。」


「前世殺人犯の僕を……姉さんは救って死んだ…」


喉が詰まりそうだった。


「生まれてよかったって……少しでも思いたいんだ。誰かに救われた命を、ただ逃げるためだけに使いたくない……!」


静かに、部屋の空気が変わった。湿気すらも一瞬だけ、沈黙する。


「……わかった」


リオラが、目を伏せたまま静かに言った。


「明日、前の広場に来なさい。最初の任務よ」



「でも今日は、まだ傷を治すことに専念しなさい。能力を使うのはその後」


そう言い残して、彼女は扉の向こうへと消えていった。


エイデンがベッドに沈み込むと、天井に浮かぶ古びた蛍光灯が微かにちらついていた。


眠れなかった。


頭の奥にこびりついて離れないのは、アルマの顔と、彼女がよく口にしていた言葉だった。


――生きてこそよ。生きていれば、いつかあなたが信じられる誰かに出会える。


けれど、誰かが「罪だ」と言えば、それが真実になるのが、この世界だった。


 




 


翌朝。まだ日が昇りきらない時間だというのに、広場にはすでにリオラの姿があった。


地味な装いに身を包んでいるが、背筋はまっすぐに伸び、近寄りがたい雰囲気を纏っている。


「来たのね」


エイデンは黙って頷く。


リオラは手元のタブレットを操作し、それを彼に手渡した。


「今日の任務は情報収集。“魂オークション”の開催場所と、参加予定者の一部リストの確保よ」


「……魂オークション?」


リオラはほんの一瞬、言葉を探すように視線を伏せ、それから静かに口を開いた。


「この世界では、来世を得られる魂の数は限られてる。だから、人間たちは“魂”を価値で測り、オークションにかける。金と権力を持った者が、それを買い取るのよ。つまり――“誰が生まれ変わる資格を持つか”を、金で決めるってこと。それは前世の罪も…」


「……最低だな」


「ええ。最低。でも、これが現実。だから壊すの」


その声は落ち着いていたが、瞳には揺るぎない光――怒りとも、誓いともつかぬ、燃えるような意志が宿っていた。


「今回のターゲットは、次のオークションに招待された要人。彼の動向を追って、セキュリティの穴を探すのが任務」


「……俺が尾行を?」


「そう。あなたの“分身”の能力があれば、尾行にも撹乱にも使える。適任よ」


エイデンは少しだけ黙ってから、小さく息をついた。


「……わかった。やってみる」


彼の声に決意が宿ったとき、リオラはほんのわずかに微笑んだように見えた。






残された空間に、重い静寂が戻る。


けれどエイデンの胸には、確かに一つの火が灯っていた。


罪に縛られたこの世界で。


――やっと、前に歩き出せる気がした。

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リ・インカルナイト @Yoshi-kobu

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