白川津 中々

◾️

女は頭が弱かった。


三十年生きてきて社会常識を知らず、「やりたい」「やりたくない」でしかものを考えられず、生家に居座っては穀を潰し続け、働きに出ても大半が「やりたくない」ですぐに辞めてしまうか辞めさせられるかのいずれか。将来について何ら具体的な展望も計画性もなく、頭が及ばぬばかりに処世、忍耐を軽んじ、なんとか刹那を生き抜く術だけで長らえているのである。「産まれてこない方がよかった」とは母親の弁であり、「産まない方がよかった」というのは父親の弁であるが、双方にさしたる違いはない。結局女の存在を否定し、親子という義務により衣食住の面倒を見るものの内心は疎ましく、憎しみさえ抱いていた。

女は実の親から愛を向けられていなかったが、頭の弱さ故に事実に対し盲目だった。しかし仮に開眼したとて、女は何も変わらないだろう。女にとって人生は生きている期間でしかない。生じる欲望を満たすだけが、彼女の全てである。生きるうえでの目標も目的も、達成感も充足感もなく、また、その意義も知らずに、無意に歳を重ねるばかり。しかしそれで女が不幸かというとそうではないのだ。彼女は決して世を儚んだり他者を羨んだりはしなかった。それができるだけの頭がないといえばそれまでだが、憂いも不満もなく過ごしている事実に変わりはなく、とやかく言うのは周りだけなのである。


女は食にありつく喜びを、毎日、目一杯に眠れる心地よさを感じていた。そこにどんな不満があろうか。彼女にとって、日常は幸福そのものなのだ。


とはいえ、その幸福が他者依存である点は留意すべきであろう。

女が感じている幸せの裏では、多くの人間が不幸になっている。彼、彼女を救う者は、誰もいない。

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白川津 中々 @taka1212384

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