第四章 再会と女皇に忍び寄る牙
幼馴染
「まさか貴方が近衛軍団の隊長さんなんてね」
バレンティアは泡で満たされたマグを口元へ運び、隣の幼馴染を見て笑みを浮かべた。やんちゃで孤児院の大人達を困らせた男の子、いじめられっ子や新参者を守ってきた面倒見の良い孤児院の古参。彼女は今隣で座っている男の横顔と昔の記憶を重ねた。
「どういう裏技を使ったの?」
「さぁな、気づいたらこうなってた」アランはそう笑い、彼女の目を見た。「お前こそ、どんな荒技を使ったんだ?」と言うと、彼は顔を幼馴染に近づけ、小声で「近衛軍団の経験をすっ飛ばして侍女になるなんて普通じゃありえんぞ」
「侍女じゃないわ」と、バレンティアは言った。「話すと長いんだけど……ちょっとヘマをしたら“あのお方”に気に入られたのよ」
「へぇ」アランは頷くと、飲み物を啜った。
「私の名前を聞いてたと思うけど、今日の今日まで気がつかなかったの? あのお方のお供が私だって事に」
「ちっとも気がつかなかった。バレンティアなんてありふれた名前だし──」
口元に泡をつけ、自分を見つめる幼馴染。アランはバレンティアを見ると笑った。
「なによ、急に笑い出して」
「いや、別に」と、アラン。彼は飲み物を飲むと、小さく息を吐いた。「お前の名前を通りで叫べば何人もの女性が後ろを振り向くだろうね。それくらいありきたりなんだよ、お前の名前は」
バレンティアは肩を竦め「かもね」と言った。「でも、それを言ったら──」
「おっと、あの話を持ち出すのは反則だ。アレはたまたまだよ」
「そう、たまたまよね。新しく入ってきた子たちが五人もアランって名前だったのも、お手伝いさんの旦那さんの名前がアランだったのも。全部たまたまね」
「シンディさんの旦那さんはアレンだよ、アランじゃない」
「そうだっけ?」
「そうさ」
「ふーん」バレンティアはマグを置き、卓上に肘をついてアランを覗き込んだ。「でもさ、こうして再会したのって……考えてみれば結構すごい偶然よね」
「まぁな」
アランは同意し、窓の外へ視線を送った。都の夕暮れは酒場の薄いガラス越しに橙色を落とし、彼の横顔をやわらかく照らした。近衛軍団の隊長とはいえ、こうしていると昔のままの、少し無鉄砲で情に厚い少年の面影が浮かぶ。
「で? 里親に引き取られてからは何してたの? 私も話すからあなたも話して」
「いいさ」アランは言った。「だけど、まずは君から」
乱暴なアランの里親、里親に売られそうになったところを逃げ出したバレンティアの冒険記。バレンティアとアランは語り合い、昔に帰ったかのように笑い合った。
その笑い声は、酒場のざわめきの中に静かに溶けていった。
◇
次の日の朝、バレンティアは頭痛と共に目が覚めた。見覚えのある天井、暖かな毛布。そして蘇ってくる昨日の記憶。
「まさか?!」
バレンティアは急いで毛布をめくった。彼女の不安とは裏腹に、服はそのままだった。過ちは犯さなかったらしい。
安堵のため息をつき、辺りを見回す。寝室のテーブルに置かれた一枚の紙。バレンティアはそれを手に取った。
──
バレンティア。
昨日は話せて楽しかった。
相当酔いが回っていたみたいだから、俺が部屋まで運んで(お前が宿屋住まいなのは酒場の店主から聞き出した)無理に起こさず、ベッドに寝かせた。
安心しろ、何もしていない。
――アラン
追伸:お前って結構いびきを掻くんだな
──
バレンティアは手紙を読み終えると、しばらく固まった。そして、じわじわと羞恥が押し寄せてきた。
「い、いびきって……!」
頭痛なんて吹き飛んだ。枕に顔を押しつけて悶えたあと、深呼吸してようやく落ち着く。気を取り直して部屋を出ると、簡素な朝食が温められた状態でカウンター置かれていた。黒パンと干し肉、それに薄いスープ。いつものやつだ。
「昨日、紳士なお方があんたを運んでったよ」店主がジュースをバレンティアの前に置いた。「彼氏さんかい?」
「まさか、ただの友達よ」
「ハハ、だろうな。お前を部屋に連れて行くと、直ぐに帰っちまったからな」店主は一呼吸置いてから話を続ける。「礼儀正しくて良いやつそうじゃないか。他に相手がいないなら、彼氏にしちまったらどうかね?」
「ふっ、あり得ない」バレンティアは首を振った後、パンを齧った。
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