闘技場の喧騒から離れた宮殿の謁見の間では、荘厳な装飾と厳粛な空気が支配していた。壁には各地の紋章が飾られ、床には赤と金の絨毯が真っすぐに敷かれている。奥には二つの玉座と並ぶようにして、小さな黄金の椅子がひとつ──そこに、皇女レンディアヌは座っていた。


 正装に身を包んだ彼女の姿はまるで宝石のように美しく、その目はまだ幼いながらも、澄んで賢さを湛えていた。

 隣にはリリアント皇妃が座り、母としての誇らしさと気遣いを込めたまなざしで娘を見守っている。


 皇帝の玉座は今日も空いていた。



 東方の海を越えてやってきた「イニシエ」の使者オノラ・ミナト。彼は、レンディアヌに着物と香料を贈り、神王から預かった祝いの詩を披露した。


 南方からは竜と騎士の国・リュグレアの使者バルマルトが、金の鱗を編んだ外套を皇女に捧げ、竜の爪で文字が刻まれた星辰石の書を贈った。


 西方からは騎士の国スレンバリル王国の使者リーシアが、精巧な弓を皇女に捧げた。


 レンディアヌは使者の一人ひとりに感謝の言葉を述べ、頭を下げた。

 

 すべての使者たちは、皇女の礼儀と落ち着きに心を打たれ、彼女がこの帝国の未来であることを疑わなかった。


 もはや皇女レンディアヌは、ただの少女ではなかった。帝国の象徴として、あらゆる国から敬意を集め、未来を託される存在になりつつあった。



 そのころ、宮殿の北側──人目の少ない一室で、一人の女が静かにワインを傾けていた。


 皇帝ドーリン一世の妹、サーヴィア。


 かつては「黒の薔薇」の異名で知られ、兄が兵を挙げた時には彼の反乱を手伝った。


 サーヴィアは窓辺から遠くを見つめ、かすかに唇を歪めた。八つそこそこの娘が、諸国の使者に愛想を振りまいている姿を想像すると、怒りが湧き上がってくる。


 レンディアヌが誕生日を迎えた、それが公式に「帝国の未来」として祝福された──その事実だけで、彼女の胸の内は煮えたぎるような怒りと焦りに焼かれていた。


 老いの病に冒されたドーリンは、いずれ死ぬ定め。本来ならば、ドーリンの死後に皇位を受け継ぐのはサーヴィアであるはずだった。だが、レンディアヌが生まれた事でその夢は潰えた。


 民はあの娘に熱狂し、諸国の使者は幼い姪に膝を折る。まったく馬鹿らしい。


「あの娘さえ生まれなければ……」


 かすかな呟きは、誰にも届くことなく重い石壁に吸い込まれた。


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