第04章 暁より来たる使者
第20話 使者の来訪
庵を包む静寂は、初冬の澄んだ空気と共に、どこまでも深く、穏やかだった。
木々の葉はすっかり落ち、柔らかな陽光が細い枝の間を縫って、庵の前の小道に淡い光の斑点を描いている。
宵は、桂火が薪を割る音を聞きながら、縁側で鈴羽と共に縫い物をしていた。
その平和な時間は、まるで永遠に続くかのように思われた。
その穏やかな午後、突然、遠くから馬の蹄の音が響いてきた。
最初は微かだったその音は、瞬く間に近づき、やがて庵の前の小道に、数騎の馬が止まる音が響き渡る。
鈴羽が驚いて縫い針を落とし、宵もまた、その音に思わず顔を上げた。
この庵を訪れる者など、桂火が連れてくる村人以外にはありえない。
現れたのは、見慣れぬ装束の男たちだった。
騎馬に乗り、金色の紋付きの豪華な装束を纏った彼らは、この辺境の地には場違いなほど、威厳に満ちていた。
その中央に立つ男の顔を見た瞬間、宵の息が止まる。
――紫鶴。
暁国の宰相――嘗て、宵に離縁を告げた場にいた、あの冷徹な老臣の姿が宵の瞳に映る。
彼の隣には、見慣れない若い神官の姿も見えた。
宵は最初、誰かを間違えてこの庵に来たのかと錯覚した。
まさか、彼らが自分を訪ねてくるなど、想像すらできなかったからである――しかし、紫鶴は宵の姿を認めると、馬から降り、その場で深々と頭を下げる。
その動作は、かつて王宮で見たどの礼儀よりも深く、そして切実なものだった。
「神子……宵様。王太子殿下の御命により、お迎えに参りました。どうか、この紫鶴の言葉に耳を傾けていただきたく……」
紫鶴の声は、かつて離縁の場にいたときの冷酷なものではなかった。
そこには、微かな震えと、そして何かに縋るような響きが混じっている。
その変化に、宵は内心で戸惑いを隠せない。
戸惑いを隠せない宵の姿を見た桂火が二人の間に割って入った。
彼の表情は、いつになく険しく、琥珀色の瞳には、紫鶴への明確な警戒と、怒りの色が宿っている。
鈴羽もまた、桂火の背に隠れるようにして、不安げに紫鶴たちを見つめている。
「今さら何の用だ?彼女はとっくに、そちらの妃ではないはずだ……この庵には、そちらの国の者など、何の用もないはずだ」
桂火の言葉は、冷たく、そして明確な拒絶を含んでいた。
彼の声には、宵を守ろうとする強い意志が滲み出ていた。
「それは重々承知しております、桂火殿――しかし、これは国の一大事。殿下も、切羽詰まっておられるのです」
紫鶴は、顔を上げ、その瞳を桂火と宵に交互に向ける。
その視線には、かつての傲慢さはなく、ただ、切羽詰まった焦燥が浮かんでいた。
「……一体、何が起こったのですか?」
宵は、思わず口を開く。
その声は、自分でも驚くほど冷静だった。
「宵様が宮を去られて以来、暁国から神の加護が失われ始めております。作物は枯れ、疫病が蔓延し、魔獣の被害も増大の一途を辿っております。神殿の祈りも、もはや届かぬ。このままでは、国が保たぬと……」
紫鶴の言葉は、悲痛な響きを帯びている。
彼の隣にいた若い神官が、震える声で付け加える。
「神託が、神託が途絶えてしまったのです!神子の祈りだけが、この国を救える唯一の道だと……」
その言葉は、宵の耳に、まるで遠い雷鳴のように響く。
それは、嘗て『不要』と切り捨てられた自分の力が、今、国を救う唯一の希望だという言葉を。
その皮肉な現実に、宵は静かに立ち尽くした。
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