第6話 自分で自分(分身)を振るうヴァレンダール

 手のひらから、銀色の閃光が迸るように爆誕した聖剣――それこそがヴァレンダール自身、分身だった。魔力の半分だけを実態化させたものなので、本来の聖剣よりも威力は劣るが、B級魔獣程度であれば十分に通用する。


(魔法では間に合わない!)


 ヴァレンダールは全身の魔力を脚に集中させ、爆発的な加速で急降下するハーピーの懐へと滑り込む。片膝を大地に叩きつけ、同時に――二百年前の伝説の勇者が繰り出した剣技を完璧に再現。両手で聖剣を握り締め、左下から渾身の力を込めて斜め上方へ振り抜いた!


 ザシュッ!!!!


「ビィィィィィィィィィィィィ!!!」


 聖剣の一閃で、パイパーハーピーは股から頭まで両断され、甲高い断末魔を上げた。切断面から青黒い血しぶきが上がる。衝撃で巻き上がった土煙がもうもうと周囲を覆い、血の臭いが辺りに充満した。


(まさか振るうことになるとは……)


 ヴァレンダールは立ちあがり右手に剣を下げたまま、二百年という時を生きてきて初めて味わう衝撃に茫然となった。

 そんな彼を見て、村人たちは歓声を上げた。


「おおおおお、すごいぞ! ハーピーをたった一撃で……」

「なんという強さ――まさかA級冒険者かっ!?」

「キャアアー、美形すぎるぅ!」

「冒険者様、ステキ―!」


 魔獣に対抗できるのは、この世界では魔獣専門冒険者ハンターか、傭兵、あるいは王国騎士と相場が決まっている。ヴァレンダールが白いローブを着て剣を持っている姿を見て、村人は彼を魔法剣士クラスの高位冒険者だと判断していた。


 歓声の中に混じる女性たちの黄色い悲鳴に、ヴァレンダールはハッ、と我に返った。握っていた聖剣を光の霧となって消滅させ、急いで駆け寄った。


「リン――いや、カレン、無事か?」


「はい……無事ですわ。本当に、危ないところを……ありがとうございます、勇者様。命を救っていただきました……」


 凛香は頬を真っ赤に染め、すっくと立ち上がると、優雅に深々とお辞儀をした。その瞳には、感謝と、そして何か熱いものが宿っていた。


 鳴き声を上げる赤ん坊をあやしながらミランディアも立ち上がり、ヴァレンダールを見た。ハーピーから自分を助けてくれた人物のあまりの美しさに陶然となり、つぶやいた。

「勇者……様ですって?」


 ルクサスも駆け寄ってきた。

「ミランディア、だいじょうぶか!」

 彼はハーピーに対抗しようと剣を取りに行って、肝心な場面に間に合わなかったのだ。


「ああ、あなた、だいじょうぶよ。こちらの勇者様が助けてくださったの。貴方様は命の恩人ですわ。ありがとうございます」

 ミランディアはヴァレンダールに向かって深く頭を下げ、続けて凛香の方へ向き直った。


「カレンちゃん……あなたも、わたくしをかばってくれて……本当にありがとう。命を懸けてくれて……」

「ミラさんが無事で……本当によかったですわ……」


 二人は涙をぬぐいながら、互いに微笑み合った。


「いや、私は勇者では――」

 ヴァレンダールは否定しようとしたが、遅かった。村人たちが興奮した声を次々と上げた。


「勇者様だって?」

「すごいぞ、こんな辺鄙な村に勇者様が立ち寄っていただけるなんて!」

「おお、勇者様! ありがとうございます!」

「すぐに歓迎の準備を!」


 聖剣である自分が、勇者以外の人間と言葉を交わすなど、生まれて初めてのことだった。かつての勇者とさえ、ほとんど会話などしたことがない。常に勇者の背中のホルダーに収まり、大魔獣との死闘に全てを捧げる存在だったのだ。


 大勢の目に晒されてヴァレンダールは思わず逃げ出したくなったが、凛香が涙目でヴァレンダールの左手をそっと握って来て阻まれてしまった。


「お、おい、離せ――」

「勇者様!! 本当にありがとうございますぅ!! あんな強大なモンスターを一瞬で屠るなんて……さすがわたくしの最推しの勇者様ですわ!! もう……もうあなたから離れません! 一生お供いたします!!」


 凛香の瞳は完全にハートマークになり、清らかだった魂がなぜかほんのりピンク色に染まっている。こんな色の魂を見たことはなく、ヴァレンダールはさらに混乱した。


「いや、だから――私は勇者ではないと言っているのになぜそうなる!?」


(私は聖剣なんだ! 勇者は君だ!)


 と言いたいのだが、大勢の人の前で凛香の事を言えない。それに、彼女の握る力が思いのほか強くて振りほどけない。


 勇者様を連呼するカレン(凛香)の言葉を聞いた村人たちがさらに歓声を上げる。


「カレンさんが勇者様のパーティーに!!」

「すげえ! うちの村から勇者パーティーのメンバーが出るなんて!!」

「さすがカレンさんだぜ!!」

「祝いの宴だー!!」


 誤解が誤解を呼び、事態はどんどん膨れ上がっていく。

 ヴァレンダールはふと大事なことを思い出し、興奮する村人たちに向かって声を張った。


「待て! そのハーピーの死体を今すぐ燃やせ! 魔獣の血は同胞を呼ぶぞ!!」「あ、そうだった! おい、油を持ってこい!!」


 年配の村人が慌てて指示を出した。真っ二つに分かれたハーピーの死体からは青黒い血が血だまりを作っていた。ヴァレンダールの指摘の通り、魔獣という種族は同胞の血の匂いを嗅ぐと狂暴化し、集団になって襲ってくる習性があるので早く燃やしてしまわないと危ないのである。


 若い男たちがハーピーを燃やす準備のために一旦この場を離れる。

 ルクサスは、カレン(凛香)がミランディアに覆いかぶさったところを見ていたようで、ミランディアから赤ん坊を受け取り抱っこすると、ヴァレンダールとカレンの傍へ足早にやって来て言った。


「勇者様、妻と息子を救っていただきありがとうございます。この御恩は忘れません。カレン……君は自分の命も顧みずにミランディアを助けようとしてくれた。どれだけ感謝してもし足りない。君は幼いころから優しい人だったが、加えて勇気と献身の心まで持っている。みんなが言うとおりまさしく聖女様だ。心から尊敬する」

「だー」

 と赤ん坊のラタルまでいっしょになってカレンに手を伸ばして、まるで感謝しているようだ。


「ま、まあ、聖女だなんて……褒めすぎですわ……」

 凛香は顔を真っ赤にしながらも、ヴァレンダールの手を離さないどころか、興奮のあまりぶんぶん左右に激しく振り始めた。


(この握力……腕力だけなら勇者として十分及第点だ。志もすでに芽生えている。だが、危機のたびに自分の身体を盾にするようでは、命がいくつあっても足りない。それなら……いっそ、剣である私の扱い方を叩き込む方が賢明か)


 ヴァレンダールの心に、そんな決意が静かに灯った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ハーピーの後始末が終わった後、村人たちが熱心に勧める歓迎の宴を、ヴァレンダールは丁重に断った。凛香と二人きりで話す必要がある――そう告げ、村の中心から離れ、丘の上に立つ古い楡の木の下へと二人でやってきた。


「凛香。よく聞いてくれ。これから私が言うことを、自分の意思で判断してほしい。――君こそが、勇者だ」


「え……? 勇者は貴方様では……」

「違う。私は“聖剣”だ」

「聖剣? でも、そのお姿は……」

「見てくれ」


 ヴァレンダールは人型を銀の霧のように散らし、本来の姿へと還った。全長1.2メートル、剣幅15センチの堂々たる両手剣。神々しい輝きを放ちながら、ふわりと空中に浮遊する。


 それを見て、凛香は目を輝かせ、両手を合わせて歓声を上げた。


「まあ!! 素敵すぎますわ!! なんて美しい両手剣……。柄の紋章はこの楡の木ですのね! ああ、最高にファンタジックですわ!」


 予想を遥かに超えた反応に、ヴァレンダールは内心ため息をつく。なぜこの娘は全く驚かないのだ……本当にやりにくい。聖剣の姿では発声器官がないため、念話で語りかけた。


『我が名は聖剣ヴァレンダール。二百年前創造神によって生み出された。我が使命は勇者に仕え、勇者と共に災厄級魔獣を倒すことだ』


「え、頭の中に声が! すごいですわ、これってテレパシーですわね。貴方様は超能力もお持ちですのね。まるで耳元でささやかれているようで、あたくし感動しております。ブラヴォー異世界ファンタジー!」


 何を言ってもわけのわからない反応を示す凛香。ヴァレンダールは考えるのをやめた。事実だけを告げよう。


『凛香。君は聖剣を持って強大な魔獣と戦う気はあるか?』


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

魔獣辞典:パイパーハーピー(B級)

 D級ハーピーの上位種、恐れられる進化個体。

 人間よりも一回り大きい、鷹のような巨躯。胸元と頭部だけが妖しく女の形を残しているが、真紅に燃える瞳と、裂けた口から覗く無数の鋭い牙は、ただの怪物そのものだ。翼は鋼のように硬く、風を切り裂く速度で急降下し、鷹のような巨大な鉤爪で獲物を一瞬で掴み上げ、空中で八つ裂きにする。特に人間の赤ん坊を好む――その柔らかく新鮮な肉と、溢れる生命力を貪るためだ。巣に持ち帰った赤子は、雛たちの餌としてゆっくりと食い千切られるという。


※聖剣ヴァレンダールのAI画像↓

https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/jcW3a1iT

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