三花宮高校連続死亡事件 うたがわれた僕とうそつきな彼女

青柴織部

前章

1 小谷紫音

 梅雨入りの日。

 静かに降り注ぐ雫が、女学生の死体を濡らしていた。





 僕――小谷紫音は殺人犯である。

 

と、噂が流れているようだ。

 既に登校中からして聞こえてきたし、教室に入るとクラスメイト達は僕を遠巻きに見てヒソヒソと何かを話しているし、友人関係にある男子生徒達はなにやら揉めている。

 「誰が小谷と話をしに行くか」という内容が、ここまでしっかり聞こえているのだけれど。


 僕はカバンを机の横に引っかけると、そのまま席について図書室で借りた本を読んだり、もしくはクラスメイトと昨日見たテレビや面白かった動画の話をしてホームルームまで過ごすのだが――そのどちらも出来ないようだった。


「な、なあ、おい。小谷」


 山口が話しかけて来た。さきほど視界の端で彼らはじゃんけんをしており、その敗者だか勝者が彼なのだろう。


「おはよ。なに」


 努めて普段通りの挨拶を心掛けてはみたけれど、なんか違う。思ったよりもギクシャクしてしまっている。

 ふと周りを見れば、僕と山口のやり取りを一言も聞き漏らさないと言わんばかりに幾つもの視線が僕たちに注がれていた。

 山口はもごもごと舌の上で言葉を転がした後、決心したように口を開く。


「おととい、江夏とケンカしていたって本当か?」

「ああ……まあ、うん」


 女子たちから「やっぱり!」と声が上がる。僕は無視をした。


「それで、昨日、警察に事情聴取されていたっていうのは……?」

「誰から聞いたの、それ」

「いや、それは耳にたまたま入って来たっていうか……」

「ふうん」


 まあ、いい。全然良くないけど。

 噂の出自なんて辿ったところでどうにもなるものではない。


「あいつが、そのー……自殺か殺人のどっちかって聞いた?」


 その二択しかないのか。事故は最初から含まれていないらしい。


「聞いてないよ。警察だって、それが分からないから捜査しているんだろ」


 素っ気なく答える。

 山口はそれ以上僕になにも言わなかった。気まずそうに彼はまだなにかを言おうとして、やめてしまった。仲間のもとへ戻る背中を僕は無言で見送る。

 もともとトラブルに好き好んで入っていかないタイプの山口のことだ。今の問答だって本意ではなく、しかし強く批判をすることも出来ず、しかたなく流れに身を任せてしまったというところだろう。

悪いことをしてしまったな、という気持ちと、それはそれとして放っておいてほしかったという苛立ちが胸の中をもやもやと巡っていた。



 ――おととい、月曜日の放課後。

 三花宮高校二年生の生徒、江夏加代子が石階段で死亡した。

 石階段というのは、小山に無理やり建てて高低差が開いてしまった校舎とグラウンドを繋ぐ外階段のひとつだ。

 外階段は二つあり、グラウンドの真ん中に出る方が『表階段』、隅の方にあるのが『石階段』と呼ばれている。いちおう坂道も用意されているがそちらは遠回りなのでもっぱら表階段が使われていた。 


 江夏が人通りの少ない石階段の真ん中あたりで横たわっているのが見つかり、救急車が呼ばれて大騒ぎとなった。そして死亡が確認されたと――そこまでネットニュースで読んでいる。

 事故か、事件か、自殺か。そこはまだあやふやのようだ。

 昨日は調査のために一日休校し、今日は一限だけで学校が終わる。その後保護者会が開かれると学校からの連絡メールで伝えられた。


 僕は昨日、何をしていたかというと噂の通り警察に事情聴取を受けていた。

 というのも、おとといの放課後に江夏と口論していたのは僕だったからだ。


それを誰かに見られており警察に伝えられ、結果、重要人物に入れられたのだろう。

 口論したのは事実であるし、あれ以降江夏の足取りが不明ならば被疑者と見なされても仕方ないことだろう。

 僕は殺していないんだと声を大にして叫びたい気持ちは常にあるが、そんなことをすれば殺人の自白だと思い込む人間が一定数いるだろう。正直、僕もそう思うだろうから。

無実だと証明するためには口を噤み続けるしかない。はたしてそれが正解なのか不明だけれど。


 ぼんやりと考えていたら、ショートホームルームの時間になっていた。

 担任の佐々木が少々疲れのにじむ顔で入ってきた。教員の立場でやらなくてはならないことが色々重なっているのだろう。


「静かにしろー。とりあえず出席取るぞ」


 機械的に名前が読み上げられていく。


「小谷」

「はい」


 一瞬、佐々木は僕をちらりと見る。その意味深長な間にクラスメイトたちは緊張した様子だった。

 佐々木は何事も無かったように視線を名簿表に向けて続けて次の名前を呼んでいく。

 ……まるで僕が学校に来ているのが意外みたいな顔だったな。


「高橋」

「はーい」

「土屋」

「保健室です」


 土屋――土屋詩杏の代わりに、いつも通り僕が代わりに返事をする。やっぱり微妙な空気になってしまった。僕が発言してなにか悪いことでも起きるのだろうか。

 出席の確認が終わると、先生がプリントを配りだす。後ろへと回されていき、僕の前の席の子がどこか怯えたようにプリントを差し出してきた。無言で受け取る。


「あー、小谷。土屋にもあとでプリント渡しといてくれ」

「はい」


 あいつの伝書鳩扱いされるのは慣れているので特段思うこともない。


「おとといのことだが、もう報道されている通り二年の生徒が……亡くなった。もしこのことで夜眠れないだとか、飯が食えないなんてことがあるようならスクールカウンセラーに相談すること。これは欠席扱いにはならない」


 文字を読んでいるはずなのに目が滑る。話を聞いているはずなのに頭に入ってこない。

 思ったよりも調子が良くないなこれ。


「あと、SNSで個人や学校内での情報は流さない。個人情報に繋がることであるし、面白半分に書き込むようなものでもない。分かったな」


 流されてるんだよなぁ。昨日、なんとなくSNSを検索したら在学生らしいアカウントが何人もこの事故だか事件について話をしていた。

 共通しているのは、これが殺人事件とみんな決めつけていることだ。

 まあ、そうだよなと思わなくもない。殺人事件なんて一種のエンターテイメントだ。サスペンスドラマのようなことが身の回りで起きたら面白いだろう。自分が殺されなければだけど。

 考え事をしているうちにショートホームルームが終わった。

 みんなが立ち上がって体育館履きを手にしているので何事かと思ったけれど、そうだ、体育館に行って全校集会だ。頭の回転が鈍い。


「小谷」


 佐々木に呼ばれた。素直に教室の隅に行くと、先程見たプリントを渡される。


「これ、渡してきてくれ」

「え、今ですか? これから全校集会が……」

「あー……」


 彼は言いづらそうに目を泳がせる。


「全校生徒の集まる場所に、小谷が行ったら、なんというか……注目を浴びてしまうだろ? 後で内容は伝えるし出席したことにするから、土屋の様子を見てきてほしい」


 つまり、他の生徒のために全校集会には出るなってことか。

 思わず脱力した。じゃあ何しに僕は学校に来たんだ……。


「僕が殺人犯だって噂、そこまで広まっているんですか」


 佐々木は答えなかった。つまりそういうことだ。

 もし何の噂もなかったなら佐々木はこんなこと言わないだろうし。

 これが彼の独断なのかは不明だが、出てくるなと言われて出るほど僕は物分りが悪いわけではない。


「……分かりました」


 プリントとスマホだけを手に、みんなとは違う向きへ歩き出した。

 背中に無数の視線を感じながら。

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