第3話 その優しさ、今はいらない

「やったぞ、召喚魔法成功だ!」


 東雲は耳を抑えた。白い光の中で聞こえた陽気な声。次に聞こえたのは小鳥の鳴き声だった。眩さが収束し、豊かに生い茂る緑から木漏れ日が見える。森を訪れた経験が初めてではない。幼い頃は親に連れられて山に登ったし、友人とキャンプをしたこともある。しかし、人間のか弱さを嘲笑うような太い幹と高層ビルより高い大木の群れに見下されたことはなかった。もう元の世界では生きていない。改めて、その事実を痛感させられる。


「あれ、人間?」


 がっかりしたような声に振り返る。西洋系の整った顔立ちをした青年が金髪を優雅に揺らしていた。彼の口から奏でられるのはまごうことなき日本語。どうやら神は英語の授業を寝ていた学生に親切らしい。ふと青年と目が合う。彼は気まずそうに口を塞いだ。訪れた沈黙が心地悪くて、東雲は必死に話題を考えた。


「……何を召喚するつもりだったんですか?」


「ドラゴン」


「大失敗じゃん」


 なぜ成功だと思ったのか。シルエットを見た時点で気づくだろう。呆れた目で表現したツッコミは青年に伝わらなかったらしい。彼は得意げに笑った。


「ふっ、俺の辞書に失敗という文字はない。見たところドラゴンに匹敵する魔法使い、あるいは剣士と見受けられる」


「魔法は使えないし、剣は振ったことないです」


「うん、失敗だ」


 青年は片目を閉じて額に手を当てる。その動作だけでも絵になるイケメンだ。茶番は早く済ませたい。


「ということで、俺はお役御免ですよね? 役立たずですみません」


 ――人から見放された時、お前は強くなれる。

 分かりやすい展開だ。ここで追放されれば最強になれる。できれば罵倒を避けたいが、手にする力を思えば安い。深く息を吸って覚悟を決める。しかし、青年がただ怪訝そうに眉を潜めた。


「いやいや、そんなことしないよ。それにこっちのミスで呼んじゃったんだからこっちが謝るべきでしょ」


「……えっ?」


 予想外の展開。東雲は不規則な胸の高鳴りを覚えた。このままでは女神の条件を達成できない。


「いやいや、俺みたいなお荷物はパーティーにいらないですよね?」

 

「なんて事言うんだ! 人は荷物なんかじゃないだろ!」


 その優しさ、今はいらない。


「でも、実際俺は何も出来ないし……」

 

「人は何かをする為に生まれたんじゃない。幸せを掴む為に生まれたんだ。何を出来るかで人は語れない。人の本質は何をしたいかだ」


 神はなぜこんな光属性の人間と引き合わせたのか。ちょっとついていきたいじゃないか。東雲は神に不満を抱いた。Amaz○nでレビューが出来るなら星1をつけている。

 

「いきなり異世界に召喚して本当に申し訳ない。こちらで君が幸せになれる何かが見つかるよう何でもする」


「なら追放してください。一人なら見つかりそうな気がするんで」


 困ったように顎に手を当てる美青年。何を言っても無駄だ。必ず追放されてみせる。決意を固めた途端、青年は手を叩いて表情を明るくした。その頭上には豆電球が浮かんで見える。


「可愛い女の子いるよ」


「案内してください」


 俺の馬鹿。東雲は安いハニートラップに囚われた自らへ毒を吐いた。Amaz○nに出品する価値もないゴミめ。頭を抱えるが、その中身は花畑が広がっていた。せっかくなら可愛い女の子とやらを拝んでやろう。追放されるのはそれからでもいい。

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