甘やかし上手な聖女様と、不器用な僕の恋
柴咲心桜
第1話 君に、甘やかされてしまった
春の陽射しが、校舎の窓から差し込んでいる。
僕――佐伯尚斗(さえきなおと)は、教室の片隅でそっとため息をついていた。
別に、何か嫌なことがあったわけじゃない。ただ、人と関わるのが昔から苦手なだけだ。
周囲は新学期の賑わいでざわついている。クラス替え、自己紹介、グループ作り。
そんな中で、僕はただひとり、波に乗れずにいた。
――だから、今日も目立たず、静かに過ごすはずだったのに。
「ねぇ、佐伯くん。ノート、ちょっと見せてもらってもいい?」
不意に差し出された白く細い指。
顔を上げると、そこに立っていたのは――櫻井美桜だった。
ストレートな黒髪に、透き通るような瞳。
清楚でおしとやか、だけどどこか柔らかく包み込むような優しさがある。
その穏やかな微笑みに、学園中の生徒が癒されている。そう、彼女は“聖女様”と呼ばれている存在だ。
「え……あ、うん。どうぞ」
思わず手渡したノートに、彼女は嬉しそうに目を細める。
「ありがとう。佐伯くんのノート、見やすいって評判なんだよ?」
「……評判、なんて。そんなの初耳だよ」
「ふふっ、みんな気づいてないだけ。私、そういうの見つけるの得意なんだ」
冗談めかして言いながら、彼女はノートを開いて眺めている。
その横顔が、なんだか眩しくて、直視できなかった。
そしてそれは、ただの一度きりのやり取りでは終わらなかった。
昼休み、「佐伯くん、一緒に食べない?」と、僕の机にお弁当を置いてきて。
放課後、「帰り道、ちょっと寄り道していこうよ?」と、僕の歩幅に合わせて歩いてきて。
帰り際には――
「佐伯くんって、本当は優しいよね。私、そういうところ、ちゃんと見てるよ」
あまりにまっすぐで、優しい声。
不器用で、距離感の分からない僕に。
彼女は迷いもなく、まるで当然のように、手を伸ばしてきた。
(……ダメだ、これ)
僕はたった数日で、櫻井美桜という“聖女様”に、完全にペースを握られていた。
けれど――
その甘やかしが、どうしようもなく心地よくて。
僕は気づかないふりをして、今日もまた、隣に立つ彼女を見つめてしまう。
甘やかし上手な聖女様と、不器用な僕の恋 柴咲心桜 @pandra
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