第5奏パート2:後編「夜明けに鈴が鳴る、君が笑う。」
月明かりが、焦げた大地を照らしていた。
自然と眼が慣れる前に、
**リーン…リーン…**
と鈴虫が鳴く。
静寂と暗闇が支配する世界で、その音だけが「生」を語っていた。
この世界では、感覚が研ぎ澄まされる。
古びて朽ちかけた鳥居をくぐり抜け、湊たちはゆっくりと姿を現した。
陸の頬には、これまでの戦いでついた細かな傷が走る。
マーウィン世界には睡眠や食事といった概念はない。
だが“現実の延長線”をテーマとするこの世界では、痛みや疲労感が確かに存在していた。
もちろん、“死”に繋がるほどの衝撃はナノアーマが感知し、現実世界へ強制退去させる。
だが、それは同時にこれまで得たポイントを失うことを意味する。
──僕たちに残された選択は、超鬼を倒すことだけだった。
ノゾミは無言で周囲のデータをスキャンしていた。
不意に青白いセンサーが彼女の周囲を駆け巡り、淡く揺らめく光が夜気を染める。
その直後、大地が震えた。
「……来るよ。」
ノゾミの低い声。
瞬間、地面が裂け、熱風が吹き上がった。
漆黒の炎を纏った巨体──超鬼・伊吹童子。
そして氷の結晶をまとう白の巨躯──超鬼・茨木童子。
炎と氷、相反する2つの存在が並び立ち、夜空を歪ませる。
「こいつが……ラスボスってわけか!」
陸が叫び、斬りかかる。
しかし、黒曜石のような伊吹童子にはビクともしない。
鈍い衝撃音だけがあたりに響いた。
「マジかよっ!!」
焦りの声とともに、陸の身体が後方の瓦礫へ吹き飛ばされた。
その音が静寂を切り裂く。
続けて僕が放った矢は、茨木童子の冷気に触れた瞬間、氷の彫刻と化して砕け散る。
2体の連携は完璧で、僕らは完全に防戦一方だった。
前衛の陸は強制退去を免れたものの、気絶して動かない。
振り返ると、ノゾミの表情が曇っていた。
「前方に高エネルギー源を感知! 2人とも私の後ろに下がって!」
彼女の声が響いた瞬間──視界が焼けた。
咄嗟に僕は巫女狐神を庇うように身を投げ出す。
次の瞬間、左腕が炎に包まれた。
「……つっ!」
肌が焼ける音。
声にならない苦痛が、喉の奥から漏れる。
正直、こんな痛みがあると知っていたら誰もやらない。
焦げた匂いが、後悔のように鼻を刺した。
──でも、ここで止まったらもっと後悔する。
ノゾミの悲しそうな顔、狐面の奥で揺れる“君”の瞳を思い浮かべたら、もう逃げられなかった。
「だっ…大丈夫だよ。見た目より酷くないからさ。」
痩せ我慢。
そう思った次の瞬間、腕の痛みがすっと引いていく。
「ごめん……私、怖くて一瞬動けなくなっちゃって。」
巫女狐神が僕の腕を両手で包みながら、治癒の光を流し込む。
狐面の下から、雫がひとつこぼれた。
けれど僕は気づかないふりをして、ただ静かに礼を言った。
彼女の治癒とノゾミのサポートで傷は癒えたが、弓を引けるほどの力は戻らない。
陸も目を覚まさない。
絶体絶命──
その時、巫女狐神の声が空気を裂いた。
「もう、怒った!!」
立ち上がる彼女の背に炎が揺らめく。
「5分……いや3分!──それだけ時間を稼いで! 私も“アレ”を試してみるから!」
ノゾミが即座に応えた。
「ゆぃっ……ううん、巫女狐神さん! 私が2体を惹きつけます。全力でいってください!」
彼女は静かに頷き、深く息を吸い込んだ。
「──烈。」
その一言とともに、指先の火が地面へ触れる。
火は炎陣へと姿を変え、周囲を円状に包み込む。
彼女は炎の渦の中を歩きながら、目を閉じた。
シャン…シャン…シャン…
澄んだ音が夜を貫く。
右手の神楽鈴が鳴り、その響きが空を清めていく。
リズムが祈りへと変わり、世界が静まり返った。
「掛けまくも畏(かしこ)き──天照坐(あまてらします)大御神、
伊勢の神、八百萬(やおよろず)の神々よ。
いま穢(けが)れを祓い、魂を結ばんと欲す。
天地を穿(うが)ち、天掃はらえ給え、地清め給え。
神祓(かむはらえ)の聲高く、八百万の魂呼び集め、
純白祓(すみそぎ)の祈りを奉る──。」
彼女の声は清流のように響いた。
炎が静まり、世界の色が反転していく。
内と外、此岸と彼岸が混ざり合い、空間そのものが軋みを上げた。
巫女狐神は袖を翻し、舞い始める。
神楽鈴が再び鳴り、その音が光の波紋となって夜空に広がった。
袖が夜を切り裂くたび、火の粉が金色の花のように散る。
まるで、神々が息をしているようだった。
「鈴鳴(すずな)りの道に、魂集え。
神遊(かむあそび)の舞、此処に満ちよ。
天地を結び、穢れを祓い──
いま、門(とびら)を揺らせ。」
神楽の音が最高潮に達した瞬間、
ノゾミの制御波から警告音が鳴り響いた。
「空間座標に異常……っ、限界です!」
電子の声が震える。
AIの“心拍”があるとしたら、それは今、確かに高鳴っていた。
巫女狐神は魔笛を唇にあて、息を吹き込む。
世界の律動が変わる。
「──間に合った!! ノゾミちゃん、2人を後ろへ!」
「了解!」
ノゾミが手を振ると、青白い光輪が腕を駆け上がり、僕たちの身体をふわりと浮かせた。
巫女狐神の背後に退避した瞬間、彼女の声が夜を裂く。
「口寄せ──“羅生門”!」
轟音。
直後、大きな地響きとともに大地が割れ、禍々しい異形の門が現れた。
黒と紫の光が交錯し、門が裂けるように開く。
そこから姿を現したのは、**鎖で繋がれた“ナニカ”**だった。
巫女狐神の神楽鈴が最後にひと鳴りする。
「やっちゃえ──前鬼、後鬼。」
鎖が断ち切られ、鬼たちの咆哮が天地を震わせた。
次の瞬間、伊吹童子と茨木童子は裂かれ、光の粒となって消えた。
そして、役目を終えた2つの影もまた、静かに門の奥へと戻っていく。
門が閉じる。
地響きが止み、夜が還ってきた。
鈴虫の声が再び響き、風が髪を撫でる。
──終わったの、かな?
僕が呟くと、2人が微笑んだ。
「うん。」「はい。」
『……私たちの勝利だよ。』
月明かりの下、誰もが静かに息をついた。
その夜風には、どこか懐かしい香りが混じっていた。
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画面の向こうの君に、恋をした。 © 一ノ瀬 玲央(Reo Ichinos @reoichinose500
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