第5奏パート2:前編 「新たな仲間、秘めた想いと飛翔の矢」

もう慣れた。


最初にここへ来たときは“召喚酔い”をしたけれど、今は何ともない。


むしろ、世界が切り替わる瞬間を楽しみにしている。


視界が反転し、星空へ吸い込まれるように身体が落ちる。


恐怖はなく、鳥のように空を切り裂き、草花の大地に着地する。


風がフードをさらい、花の香りが胸の奥に突き抜けた。


ノゾミが言った言葉が蘇る。


「ここもまた、ひとつの現実」


その響きに、僕は懐かしさに似た哀愁を覚えた。


巫女狐神さんは…何処なんだ??


次々と現れるプレイヤーたちの中で、彼女を探す。


彼女とのやり取りは全部ノゾミが対応してくれていたから、僕は彼女の事を一切知らない。


ただ、SNSでは「狐面で素顔を隠す」と噂されていた巫女狐神は──


声を掛けられ、姿を見ると、本当にそのままだった。


「君…A.T.O.N.I.Mの人?」


振り向くと、狐面の巫女服姿の少女が立っていた。 


驚いて後ずさりする仕草に、僕も思わず硬直する。


「う…うん。君が…巫女狐神さん?」


彼女は小さく頷き、遅れてきたことを謝った。


その声は意外なほど明るい。


人混みを分けて陸が大きく手を振り、僕たちを呼んでいた。


気付けば僕は自然と彼女の手を取り、陸のもとへ駆け出していた。


──緊張のあまり強く握りすぎていたらしい。


「痛いから、優しく掴んで」


「ご…ご…ごめんなさい…!」


慌てふためく僕に、陸とノゾミが気づいた。


「ん?どうした??湊!?」


「陸。あの方が“巫女狐神さん”ですよ」


「ミコーン!!初めまして、巫女狐神です。今回はチームに入れて頂き、ありがとうございます♪」


狐面越しでも分かるほど快活な自己紹介に、場の空気が和らぐ。


ただ──ノゾミの笑顔が、一瞬だけ固まったのを僕は見逃さなかった。


もしかしたら“彼女”とのやり取りで何かあったのか?


いや、ノゾミ自身が口に出さないなら…僕は胸にしまうことにした。


広場にシエルの姿が現れ、討伐イベント「鬼退治(桃太郎伝)」の開始が宣言された。


ルールは単純。


6日以内(現実6時間)に鬼ヶ島を奪還すること。


小鬼や中鬼を討伐して得点を重ね、最終的な上位チームが来月の討伐イベントの参加権を得る。


「次回イベントの参加権はもちろん、累計上位3チームが年末開催予定のワールド大会(ラスベガス)の日本代表になれるとのことです!」


その瞬間、喝采が広がる。


陸も興奮気味に僕を見ながら、拳を力強く天へ何度も掲げていた。


ノゾミも僕と目が合い、「1位取っちゃおうか♪♪」と笑う。


狐面の彼女も頷き、胸を弾ませているように見えた。


僕達は円陣を組み、役割を確認する。


「陸が前衛。湊は中距離。巫女狐神さんはサポート。私は後衛、殿として全体を支援します。おもいっきり暴れて下さい♪♪」


ノゾミの声は落ち着いていてリーダーの風格を漂わせながらも、楽しんでいるのも伝わってくる。


巫女狐神も真剣に頷きながら髪を弄る。


その様子に僕は「杞憂だったのかも…」と思った。


だが陸がニヤニヤしながら僕の肩を叩く。


「湊!ノゾミちゃんも可愛いけど、巫女狐神さんの服装もヤバくね?それに胸も!D…いやEあるんじゃね?」


僕は無言で睨み返す。


「いやいや!健全な男子なら目が行くだろ!」


確かに彼女の服装は目に余るほど露出が多いが、僕は出会った瞬間から“別の何か”を感じていた。


突然、大地が揺れた。


丘を駆け上がると、地平線まで埋め尽くす小鬼の大群が押し寄せてくる。


「……24000匹が来ます!」


ノゾミの冷静な声に全員が息を呑む。


同じように他のプレイヤーも騒ぎ立てた。


「あははは…。さすがに多勢に無勢じゃねぇ?」


普段はおちゃらけている陸ですら声が震えている。


「シエルちゃんもドSな事してくれるねー」


巫女狐神の呆れ声に、僕は一瞬“既視感”を覚えた。


「湊、やっちゃおうか♪」


ノゾミが僕を見て笑う。


彼女の一言で、僕は“アレ”を思い出す。


背中の弓を取り力強く握った。


“大丈夫”


そんな声が聞こえた気がする。


力強い眼差しで僕を見て微笑むノゾミ。


「みなっ…湊くん?何する気!?」


巫女狐神が寄ろうとするが、陸が片手で制した。


「巫女狐神さん、まずは見てなって♪ あいつ、ノゾミちゃんと秘密の作戦会議してたらしいから、秘策があるらしいよ。」


その刹那、空が暗転する。


大地が唸りを上げ、ノゾミの詠唱が響く。


「湊!!充填完了。目標補足。地脈固定──方陣展開!!」


彼女の周囲に巨大な魔法陣が広がり、無数の金色の粒が湧き上がった。


美しさに全員が見惚れる。


粒子は僕の弓へ集まり、身体も輝き始める。


重さに地面が割れる。


一瞬、弓が下がりそうになるが持ち堪えた。


深呼吸し、目を開く。


「ノゾミ!!」


僕とノゾミの声が重なる。


『プレテュス・アステーローン(無限の流星群)──!!』


金色の矢は夜空に消え、巨大な魔法陣が展開。


流星のごとき光が大地へ降り注ぎ、轟音と閃光が戦場を覆い尽くす。


しばらくして空は澄み渡り、地には無数の小鬼の屍が横たわっていた。


「チームA.T.O.N.I.M、24000pt獲得!首位独走です!」


シエルの声に広場は騒然となる。


振り返ると、ノゾミが汗を光らせながら笑っていた。


「ねぇ、言ったでしょ。大丈夫だって♡ えへへへ」

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