第4奏パート5後編 Scene5“Where Light Ends, Reality Begins” ― 光が終わり、現実が始まる ―
目を覚ました瞬間、湊の視界に広がったのは、つい先ほどまでいた幻想的な世界とはまるで別物の光景だった。
白い壁、白い床、白い天井──無機質な空間がぼんやりと輪郭を取り戻していく。
その静けさに、まるで現実の方が幻だったかのような錯覚さえ覚える。
耳に届いたのは、柔らかくも冷ややかな機械音声。
「──おかえりなさいませ、冒険者様。またのお越しをお待ちしております。」
シエルのアナウンスが、淡々と帰還を告げる。
湊は瞬きをしながら上体を起こすと、カプセル内のホログラム時計に目をやった。
針は、ほんの5分を指している。
「……5分?」
思わず声に出した。
マーウィンの中では、確かに2時間の鐘が鳴って、戦闘と歓声を味わったはずだ。
けれど現実は、たった5分しか経っていない。
「嘘だろ……」
軽い眩暈に襲われたように、視界がかすかに揺れる。
額に手を当てたそのとき、ポケットのスマホからノゾミの声が飛び込んできた。
「湊、大丈夫!? やっぱり戻ってきても“召喚酔い”の影響が出るんだね。無理しないで、まだふらつくようならカプセルで休んでいてもいいんだよ。」
彼女の声は心配そのものだった。
けれど湊は、浅く息を整えながら首を振った。
「……大丈夫。さっきより感覚は戻ってきた。それより、なんで5分なの? マーウィンじゃ2時間遊んだのに……
「ふふ、驚いたよね。」
ノゾミの声は少し穏やかに和らぐ。
「マーウィン内は、現実と時間の流れが違うの。簡単に言えば、電脳空間の中で脳が観ている世界だから、現実とは比率がズレちゃうのよ。2時間=5分。おおよそ1/24ってことかな。」
「1/24……」
湊は小さく繰り返す。
微かに胸をざわつかせる。何故だがその言葉に僕は引っ掛かるものがあった。
「……なるほど。マーウィンの世界って、本当に凄いな。」
呟くと同時に、顔が自然とほころぶ。
「陸にも教えてやらなきゃ。あいつ、絶対びっくりする。」
カプセルから出た湊は、新宿の街へと足を踏み出した。
GS新宿店を後にする頃、既に陸が外で待っていた。
「おーい! 湊!」
満面の笑顔とともに駆け寄ってくる陸は、子どものように興奮冷めやらぬ様子だった。
「いや〜、夢かと思ったよな!な!でもさ、やっぱりマーウィンは凄ぇ! 湊、もう体調は大丈夫か?」
「ええ、湊のバイタルも安定したので、召喚酔いは解けたと思います」
ノゾミが丁寧に告げる。
「そっか。俺は何も感じなかったけどな。やっぱ個人差あんの?ノゾミちゃん。」
「はい。陸さんはソーダーに選ばれるほど身体が頑強ですから、酔いの影響を受けにくいんだと思います。」
「へぇ〜、羨ましい体質だな。」
湊が茶化すように肩をすくめる。
「脳筋体力バカには、俺みたいな繊細さはないってことだ。」
「おいこら! 誰が脳筋だ!」
陸は真っ赤になりながら湊を追いかけ回す。
その光景を見ていたノゾミは、画面越しにそっと口元を手で覆い、笑いを堪えていた。
一頻り騒ぎが落ち着いたところで、湊は切り出した。
「そうだノゾミ、またマーウィンに入る方法ってあるの?」
「ええ。ただし今はワールドオープン記念で大混雑だから、最短でも3カ月待ちなの」
「3カ月……!?」
陸が天を仰いで叫ぶ。
ノゾミは少し笑って続けた。
「でも優先パスがあるんだよ。条件は3つのうちのどれか1つ以上クリアすれば良いの♪♪
1、SNSフォロワー1万人以上のアカウントを持つこと。
2、月末の討伐イベントで結果を残すこと。
3、特殊クラスを持つプレイヤーやチームがマーウィンから招待されること」
「なるほどな……」
湊が頷くと、陸は勢いよく指を突き出した。
「よし、作戦は3→2→1の順でいくぞ!」
「単純すぎる……」
湊が笑い、ノゾミも小さく吹き出す。
しばらく話した後、大久保病院前で陸と別れることになった。
「じゃあ俺はここで! あと! ノゾミちゃん!!俺の事も陸で良いよ!! 湊の大事な人は、俺にとっても大事な友達だからさ。これからもよろしくな!」
「……ありがとう、陸。」
ノゾミは少し目を細め、柔らかな声音で返す。
「彼は、本当に気さくで良い方ですね。」
「うん。陸には不思議と人を惹きつける魅力があるんだよ。」
湊がぽつりと言う。
「僕の傷のことも何も聞かずに、“僕自身”を見てくれるやつなんだ。」
陸が去ったあと、湊は帰路につく前に歌舞伎街の古本屋へ足を向けた。
目当ては旧時代の漫画。
ようやく手に入れた一冊を抱え、満足げにノゾミへ話しかける。
「買えたよ! これさ、主人公が俺と同じ弓使いで──」
その時だった。
視界の遠く先を、特徴的なバッグとピンクのリボンを僕は見逃さなかった。
黒い髪をツインテールに結んだ少女。
見間違えるはずがない。
「……西園寺?」
信号の向こう、彼女は数人の男女と合流していた。
湊が声を上げようとした瞬間、信号が変わる。
そして彼女は、街の雑踏に紛れるように、歌舞伎街の奥へと消えていった。
「ノゾミ……今の、あの子って……」
ノゾミの声が震える。
「……ええ。高画角レンズで確認したけれど、87%の確率で西園寺さんです。」
湊の胸はざわめきに包まれていた。
マーウィンの幻想を越えて、現実の街角に現れた彼女の姿が、頭から離れなかった。
☆次回予告☆
現実世界に戻った湊が受けた衝撃!!
現実世界より1/24早く時間の流れを汲むマーウィン世界。
歌舞伎街の先に揺らめく西園寺の色彩。
巡り廻る湊の夏休みが走り出す!!
16歳の、若者の青春は何人たりとも奪う権利はない!!
そんな碧い物語をぜひ、応援お願い致します🎶
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