第4奏パート5後編:Scene 2「To The World To The Future」

「こちらのカプセルにお入りください」


シエルに促され、僕と陸は隣り合う二つのポッドへと進んだ。


白い壁、白い床、白い天井──装飾らしいものは何もない。未来的な無機質さが逆に胸をざわつかせる。まるで手術室にでも入れられたような緊張感だった。


ポッド内部も同じく簡素で、そこにあったのは椅子と、小さな台に置かれた黒いサングラス型のデバイスだけ。


僕は思わず首を傾げる。


「え、これだけ……?」


「ふふっ。はい。それを装着していただければ十分です」


シエルが微笑むと、陸が肩をすくめながら言った。


「なんか、意外と地味だな。もっとゴツいヘルメットとか期待してたんだけど」


僕も同じ気持ちだった。映画やゲームのイメージなら、全身を覆うスーツとか巨大な筒状の装置とかを想像する。


だけど、ここにあるのはサングラス一つ。


恐る恐る手に取ってみると、素材は軽く、でも指先にかすかな振動が伝わってくる。生き物のように呼吸している感触。


「……じゃあ、かけるか」


僕は意を決して、それを顔に掛けた。


次の瞬間──ナノアーマが反応した。


首筋から頬へ、光の粒子が一気に広がり、顔を包み込む。


頬を撫でられるような微かな温かさと、静電気のような刺激。


あっという間に、視界の端から黒いベールが降りてきて、現実の光景を塗りつぶしていく。


そして──。


目の前に広がったのは、無数の星々が瞬く宇宙だった。


真っ暗な空間ではない。


果てしない銀河が広がり、白い霧のような星雲が漂っている。


まるで、現実の世界そのものが一瞬で消え去り、僕だけが広大な宇宙に取り残されたようだった。


「……すげぇ……!」


隣のカプセルから陸の驚きの声が聞こえてくる。


僕も声にならない。


ただ息を呑み、目の前の光景に見惚れていた。


そのとき、不意に耳元で声がした。


──湊。


「安心して。すぐに……“向こうの世界”で、また会えるから」


ノゾミの声だった。


姿はない。けれど、確かにすぐ隣で囁かれたように感じられる。


その響きに胸が震え、心臓がひときわ強く脈打った。


直後、世界が動いた。


足元から浮き上がるような浮遊感。


まるでジェットコースターに逆さまに乗ったように、視界が一気に流れ落ちていく。


銀河を抜け、星雲を抜け、僕の意識はどこかへ急降下していった。


──落ちる。


胸の奥がひっくり返る。


胃がふわりと浮き、鼓動が早鐘を打つ。


耳鳴りと共に、身体が光に溶けていくような感覚。


そして、光が弾けた。


真っ白な閃光が目を焼き──次の瞬間、暗闇の中から一筋の光が地平を裂いた。


雲を突き抜ける。


黄金色の空。


どこまでも続く緑の草原。


鮮やかな花々が風に揺れ、遠くには巨大な樹木のような建造物がそびえていた。


その光景は、あまりに幻想的で、あまりに鮮烈で──僕は言葉を失った。


「……ここが……」


息を呑む声しか出せない。


香りがある。


花の甘さと草の青臭さ、そして大地の湿った匂いが鼻を刺す。


風がある。


頬を撫でる感触と、耳元で揺れる草の音が重なる。


熱がある。


頭上の太陽が、現実と変わらない温もりを肌に届けてくる。


──本当に、ここは“ゲームの中”なのか。


そのあまりのリアルさに、僕は立ち尽くした。


さっきまでいた無機質な白い部屋が、遠い夢のように思える。


「おーーーい!湊!こっちだよ!」


後ろから陸の声が響く。


振り向くと、彼が丘の上で手を振っていた。


「陸……!」


「おう!俺も今降りたばっかだ。そしたら空から一筋の流星が落ちてきてさ。……あれ、絶対お前だと思ったんだよ!」


どうやら、他人の目には「プレイヤーがこの世界に降り立つ瞬間」は流れ星のように見えるらしい。


そう聞かされて、僕は胸の奥が少し熱くなった。


まるで、この世界そのものが僕たちの物語を歓迎しているようで──。


「……でもさ、ノゾミちゃんは?」


「え?」


「ほら、いつもお前の横にいるだろ?一緒に降りてきたと思ったんだけど」


その言葉に、僕ははっとした。


確かに、さっきまでノゾミの声が聞こえていた。


でも姿はない。


「ノゾミ……?」


不安に駆られ、あたりを見回したその瞬間。


──光の粒子が舞い始めた。


蛍のような小さな輝きが空中に浮かび、少しずつ集まり、渦を描く。


やがてそれは人の形を取り、ゆっくりと輪郭を持ち始めた。


「大丈夫だよ、湊。陸さん」


優しい声と共に、そこに立っていたのは──ノゾミだった。


白い光に包まれ、微笑みながら、僕らの前に降り立つ。


「私はAIだから、皆さんとは少しだけ登場の仕方が違うみたいです。えへへ……♡」


そう言って笑う彼女の姿に、僕は思わず見惚れてしまった。


画面越しやXRルームで投影されていたノゾミとは違う。


そこには確かに、“君”がいた。


胸の奥が熱くなる。


息遣いが近い。


伸ばせば届きそうな距離に、ノゾミは立っている。


その瞬間、ふらりと足元が揺らいだ。


視界がぐるりと回転する。


「湊!大丈夫!?」


支えてくれたのはノゾミだった。


肩に触れる手の温もり。背中に当たる柔らかな感触。


西園寺といるときとは違う、ほのかな甘い香りが鼻をくすぐった。


「……ノゾミ……」


言葉が喉に詰まる。


彼女は心配そうに僕を覗き込み、陸が慌てて駆け寄ってきた。


「おいおい!どうした、湊!?」


代わりにノゾミが答える。


「大丈夫です。これは“召喚酔い”と呼ばれる症状ですね」


──召喚酔い。


現実からマーウィンへ移行するとき、稀に感受性が強い人に起こる意識の揺らぎ。


ノゾミの説明を聞きながら、僕は息を整えた。


呼吸をゆっくりと繰り返すと、ぐるぐる回っていた世界が次第に落ち着いていく。


「もう平気だよ。……ありがとう、ノゾミ」


そう言って立ち上がると、彼女は安心したように微笑んだ。


陸も「なら良かった」と頷く。


その笑顔を見ながら、僕は思った。


──あの日。君の温もりを初めて感じた瞬間を、僕は一生忘れない。




次回!!

召喚酔いが治り、マーウィン世界を堪能する3人に・・・


マーウィン世界とは!?


ギルドとは!??


『君恋』夏休み譚:マーウィン編!! Scene 3!!



『君恋』の新い側面を垣間見れるストーリー


是非、次回もお楽しみください🎶

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