秀才はシャチと食べたりはしない

糖園 理違

第1話 エリート世界の破壊者、シャチ

 四月も半分が過ぎた日曜、北海道へと調査に行っていた親父が突如二ヶ月ぶりに帰宅した。

 連絡が途絶えていた家族の生存に安堵し、俺とお袋はリビングへと集合する。


「心配かけたな二人とも」


 テーブルを挟み、親父は家族との再会に柔らかい笑顔を綻ばせる。


「……?」


 しかし俺は、親父の隣に座る──へと疑問符を浮かべていた。


 目の前にいるのは一見童顔な美少女であり、外見は俺と同い年くらい。


 だが少女の体には、人間とは


 赤メッシュが入った黒髪頭の両耳には、濡れたからす色を主体に白が足された柔らかそうな尾鰭おひれが横から出ており──

 臀部でんぶ上方には同色の尾鰭おひれが付いた巨大な尻尾があり、犬の尻尾のように大きく振り回されていた。


 唇を小さく噛んで、終始こちらを凝視してくる謎の生物は両頬をしゅに染め──


「は、初ふぇまして! 維才いさく──」


 嚙みながらも元気に俺の名を呼び、下げたひたいをテーブルに力強く強打きょうださせる。


 何だこの化物……。


 起き上がらない化物を他所よそに、親父は彼女へと手を向けて話しだした。




「この子は北海道であった八百やおちゃん、なの」




「──シャ、チ?」


 ……ちょっと待った。

 シャチっていうのは、確か海の中で最も強いとされる海獣かいじゅうだ。

 学名で〝冥界からの魔物〟と呼ばれ、動物で二番目に大きい頭脳で相手を策にハメ、7~9mの巨体と時速70㎞の突進でクジラをも殺すという。


「……って、半魚人⁉ 何でそんなの連れてくるんだよ!」


 思わず椅子から起き上がり、未知の生物を拾って来た事を問い詰めると──


「維才君!」


 復活したシャチ女はひたいを赤くしたまま、持ってきていたバットとボールを出して両目を輝かせた。


「ホームランってどう打てばいいんですか⁉」

「──知らねぇよ! 黙ってろ!」


 シャチ女は一旦放置し、再び親父へと睨みを利かせる。


「実は海岸近くで調査していたら、誤っておぼれちゃってね」

「え?」


 平然と溢した父の言葉に、俺は動揺を浮かべた。

 この時期の北海道の海は八度と低く、何の対策も無く飛び込めば低体温症を引き起こす恐れがある。


「そん時、八百ちゃんのお父さんに助けてもらってね。

 驚いたけど、案外良い人で……その日はご馳走まで貰っちゃって、お酒ですっかり仲良くなっちゃった」


 旅先で出来た友との思い出に浸りつつ、親父は緩い笑みで話を続けた。


「その時に維才の話になって、そしたら通り掛かった八百ちゃんが興味出ちゃって写真見せたら『会いたい!』なんて言うんだからさ~」


ですわ……義父様おとうさま

「そしたら八百ちゃんのお父さんも『んじゃあ行って来い』って気前よく言ってくれてさ。

 なので、八百ちゃんはうちでとして修業する事になりました!」

ですわ……義父様おとうさま


 まるで最大級のプレゼントだと言わんばかりの父の笑みと、隣で照れ隠すシャチ女を交互に見つめ──



「──は?」


 思わず俺は低声ていせいを溢し、額に血管が浮き出るような感覚を覚えた。


「冗談じゃねぇぞクソ親父! 俺にはな、小学生の時に決めた人生ロードマップがあるってずっと言ってるだろ!」

「それ一回でも失敗したら即座に自殺するっていう鉄骨渡りでしょ? お父さんだったらもう千回は自殺してるよ」


「……? ……それは人生失敗しすぎだろ」

「母さん、一回コイツ首絞めていい?」


 陽気な顔から一変して殺意を向けるも、親父はお袋を連れて廊下へと歩き出した。


「んじゃ、あとは若いもん二人で~」

「んじゃ、じゃねーよ! クソ親父! おい、珍獣を海に帰せ! このハゲェ‼」


 数々の罵倒を浴びせながらも扉を閉められ、俺は肩で息をしてシャチと取り残されてしまう。


「あ、あの! 維才君! 公園で野球しませんか?」


 机へ乗り出すように顔を近づけてくるシャチ女を見下ろし、俺は怪訝けげんな物を見るように見下ろす。


 顔は良いが中身はガキ、男にすがり寄る他責思考女って感じだな……。


 愛くるしい童顔を見つめつつ解析を終えると、一つ溜息を挟んでこちらから話しかけてみる。


「えっと……アンタ、年は幾つだ?」


 まぁ、同い年か一、二個下だろうが。


「……う~んと」


 するとシャチ女は眉を下げて、深考するように指をゆっくりと折りだした。

 全部折り切ると困った表情でニーソを抜き出し、両足の指も折り始める。


「きゅ、きゅう……」


 甲高い謎の鳴き声を小さく上げると、突然俺の両手を取りだした。


「お、おい!」


 俺の指も一本ずつ折りだし、そのまま足の指も八本まで折られると開花した様な笑みを浮かべて、堂々とした表情で──




です!」




 元気よく、シャチ女は尻尾を振り回して答えた。




 対して──俺は顔をしかめた。


 現実は残酷だと言いたいのを堪え、花嫁候補に視線をとどめて。

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秀才はシャチと食べたりはしない 糖園 理違 @SugarGarden

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