第2話

 デートから帰り、私は濡れた服を速攻洗濯機に入れて回した。

 本当に最悪だった。でも、それ以外は楽しかったと思ってしまう自分に戸惑いがあった。

 一緒に色んな水槽を見たり、この魚が可愛いだとか、面白いだとか話すのが楽しいと思った。

 だが、もう私は水族館には行きたくない。お気に入りの服が濡れるのはもう懲り懲りだ。

 彼からは別れた後すぐにLINEが来ていた。

『本当にごめんね。また今度は別のところでデートに行こう』

 その内容に私はまだ返事を返せずにいた。なんであんな風に怒って帰ったのに、彼は私を誘うのか分からなかった。

 とりあえず、後で返事を返そう。私はそう思い、お風呂に入った。


 *


 その後、私は結局彼に返事を返せていない。彼からもたまに連絡が来るが、既読だけつけて放置している。

 自分でも何がしたいのか分からなかった。でも、私だって今まで色んな男性に同じことをされていたのだから、私が同じことをしても構わないだろう。そう考えていた。

 どうせ、彼も私を諦めてもっと素敵な女の子のところに行くだろう。

 もう私は誰にも期待なんかしたくなかった。それにどうせ彼にとって私はセフレの1人に過ぎないのだろうし。

 相性の良いセフレを1人失ったぐらいで、私は別に傷つかない。他のセフレだっているのだから。

 そう思い、私は他の数人に連絡を入れ、ベッドに転がった。


 *


 別のセフレと時間があったので、ホテルで会い、いつもの流れを済ませた。

 誰かに抱かれている時は私でも必要とされている気になれた。偽物だとしても愛を貰えている気がしていた。

 セフレはやることが終わるとタバコを吸い、自分の分のホテル代を置いてさっさと出ていった。

 この時間はいつも虚しいが、やることが終われば私に価値はないので仕方がない。

 いっそのこと夜のお店にでも勤めようかとも考えたが、汚いおっさんとは寝たくないので却下だ。

 ホテルを出てふと空を見上げる。星ひとつない真っ暗で吸い込まれそうな空。

 そんな空が私に似ているような気がして、私は嘲笑した。


「美月ちゃん!」


 後ろから私を呼ぶ声。この声に聞き覚えしかない。

 ゆっくりと振り返るとそこには彼がいた。


「今帰り、かな?」


 私に他にもセフレがいることを彼は知っている。気にしていないような素振りをしているが、なんだか傷ついたような表情の彼に少し罪悪感を覚えた。


「だったら何? そっちも他の子とヤってきたの?」


 なんだか嫌味のような言葉が口からこぼれ、私は自分に驚いた。これではまるでヤキモチを焼いているみたいじゃないか。

 そう思ったら気まずくなり、私は彼から目をそらす。


「俺はバイトの帰り。ちょうど、美月ちゃんを見かけたから声かけたんだ」


 彼は困ったように笑い、そう答える。その言葉にざわついていた心が落ち着くのに気がついた。

 この気持ちはなんだろう? 私は自分のホッとした感情に困惑した。


「美月ちゃんがよかったらなんだけど、今からご飯にでも行かない?」


 彼にそう誘われ、私は小さく頷いた。


 *


 あんまりお金がない私を気遣ってか、彼は比較的安価なファミレスに連れてきてくれた。

 適当にドリンクを飲みながら、彼の話に相槌を打つ。

 彼からの連絡をシカトしていたのに、彼はどうして私に優しくするのだろう? 私にはどうやっても理解ができなかった。

 頼んだ料理が店員から運ばれ、話を一旦やめて彼と私はご飯に集中した。

 ご飯を食べ終わり、彼が真面目な表情でこう切り出してきた。


「ねぇ、俺のこと嫌になったの? 連絡全然返してくれないけど」


 彼の言葉に私はなんて返そうか悩む。別に彼のことが嫌になったわけではない。ただ、どう接して良いのか分からなくなってしまっただけだ。

 私が黙ったままいると、彼は困ったように笑い、寂しそうに一言こう言った。


「ごめんね困らせて……。嫌ならもう会わないし、連絡もしないから」


 その言葉に私は強いショックを受けた。そして、やっぱりこの人も離れていくんだと実感してしまった。


「あっそ、やっぱりね。アンタも他のやつと同じだったってわけね」


「どういうこうと? 俺は美月ちゃんが嫌ならもう会わないよって言ってるだけだよ?」


「そんなこと言いながら私を嫌になっただけでしょ!? 人のせいにして自分は悪くないっていう風にしてるだけじゃない!」


 私はそう叫んだ。すると、彼は相変わらず困った表情を浮かべながらこう続ける。


「違うって。俺は本当に君が嫌ならってことで言ったんだ。それってさ、まだ期待しても良いってこと?」


 彼のその言葉に私はフリーズした。期待してもいい? どういうこと? そんな言葉が頭の中を駆け巡る。


「美月ちゃん気づいてない? それって俺と会えなくなるのが嫌だって言ってるのと同じなんだよ?」


 ニコニコと嬉しそうに彼は私を見つめた。確かにそうだ。私が言ったのはそういう意味にも捉えられるような言葉だ。

 だんだんと恥ずかしくなり、私は顔を手で覆った。


「うるさい!! そんなんじゃない! もう帰る!」


 私は彼から逃げるようにファミレスを出る。家まで結構な距離があるが走った。

 走って、走って、後少しで家というところで止まった。


「私、どうしちゃったんだろ……。私、私……!」


 そしてとうとう気づいてしまった。私は彼が好きなんだと。

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