第10話 夢見鳥

あれから何年たっただろう、、。

目の前にいる母は認知症が進み施設で生活している。

今日は夫と娘と一緒に面会。

私は部屋には入らない。夫と娘だけ。

「麗子さん、こんにちは。ご機嫌はいかがですか?」

「ああ、正太郎さん!出張からお帰りになったのね。連絡してって何度もお願いしてるのに、、。嫌だわ、こんなはしたない格好で。恥ずかしい、、。」

「いや、麗子さんはどんな風でもお綺麗ですよ。お名前の通り。」

「正太郎さん、こんなにお上手だったかしら?ねぇ、冴?」

「えっとぉ、、。そうだね、おかあさん。」


母は私の事をあの人だと思い込むようになっていった。

認知症になり、何かの他我が外れたように私に悪態や暴力を振るうようになり

夫の勧めもあり施設にお世話にする事になった。

夫の事を父だと思い、娘の事は私だと信じている。

三人でいる時のお母さんの嬉しそうな表情を見ると、お母さんは本当はお父さんを愛していたのだと思う。


あの日、火葬場から遺骨を持って帰ってもお母さんは顔色ひとつ変えずに受け取ると私への労りの言葉も無く仏壇に置いた。

そして、お線香に火をつけた。

私は一瞬で現実に引き戻された気がした。体裁ばかりのお母さんのやり方に仕返ししてやりたくなった。

「お母さん、精進落としのお弁当をいただいてきたのよ。八百善の。お母さん好きでしょう?お茶を淹れるから食べよう。沢山あるから。」

「貴方、そんな事より玄関前で塩を振ったわよね?不浄なモノは家の中に入れてはいけないのよ。」

「お母さん!お父さんは不浄なモノなの?ねぇ、お母さんは最期くらいお父さんに会いたくなかったの?お父さんの葬儀に親戚の人達は来てなかったけど、アレお母さんがやったんでしょ。

お母さんらしいと思ったわ、、。」

「貴方にはわからないわ。」

「そう、いつもそうやって頑なに自分の殻から出ないのよね。だから、窮屈でお父さんもあの人を選んだのよ。世間体を気にして離婚にもあの人の子供の認知も認めなかった。お母さん、気持ちが無いのに形だけ残して何になるの?

それとも財産なの??あの人、そんな物欲しがって無いのに。

私、着替えたら友達のとこに泊まるわ。どうせお弁当も食べないでしょ。持って行くから。

私、もうウンザリ。お母さんとは暮らせないと思うから。」

そう言って私は家を出た。

それから余程の事が無い限りはお母さんの家には行かなかった。

お母さんの様子がおかしいと叔母から連絡があり、訪ねて見ると乱れた部屋から

白髪のボサボサの髪に夏だと言うのにセーターとパジャマのズボンを履いてるお母さんが現れた。

「お母さん!どうしたの?」

「貴方は、、。どうして家にまでやってくるの?正太郎はおりません!お引き取りを!!」

「お母さん?冴よ、私の事がわからないの?」

「冴?貴方、まさか冴まで私から取り上げるつもりなの?帰って!さあ帰ってったら!」

鬼の形相でどこからこんな力が出るのかと思うくらいに突き飛ばしてきた。

それから、私はあの人になった。

たぶん、お母さんがこの世を去るまで、私はお母さんにとってあの人なんだろう。












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鬼灯 菜の花のおしたし @kumi4920

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