2話

「あーあ、せいせいした!」 

 

 好き勝手言った後、宮殿はもちろん大騒ぎ。

 不敬だ悪魔だと罵られたり、神官の一部は泡を吹いて倒れたり……

 「不敬罪で殺すべきだ」なんて言葉を浴びながらも、追放船に押し込められて母国と永遠の別れをした。


「自由でいるって、こんなに楽しいことだったのね!」


 開き直ってしまえば心は晴れやかだ。

 船はぐんぐんと南下して、ノルクラッド帝国の乾燥した空気から、熱帯の湿気を帯びた風に変わっていく。


 追放先は熱帯の列島、ヒゴク。

 

 ノルクラッド帝国と比べればとても小さな島。

 ヒゴク民族は集落ごとに小さな部族に分かれて生活をしている。

 王政は発展しきっておらず、帝国が勝手に流刑地として利用しても陳情できるような酋長がいない。

 

 大国に蹂躙される、哀れな未開の土地だ。

 

 聞けばノルクラッド帝国では全国民が持つ魔法すら、彼らは概念としても知らないらしい。

 まあ、魔法を授けてくれる神を信仰していないので当たり前かも。

  

(そこが最高!)

 

 王も魔法も神すらも無い国。

 きっと人々は必要な範囲で作物を収穫し、狩りをして、自然に近い暮らしをしているに違いないわ。

 針の筵のような宮殿と違い、のんびりとしたスローライフが私を待ってる!


「私の人生は今からはじまるの!」


 両腕を天にかざし(今回は指は立ててないわ)、私は自由を高らかに宣言する。

 

 あまりにも清々しくて、歌でも歌いたい気分。

 私は感情のまま、心にあふれる旋律を声に乗せる。


 この土地が私の新しい舞台。

 まるで女優になった気分で、私は歌う――


 パシュンパシュンパシュン!!!!!!

 

 ――ことはできなかった。


 何本もの矢が風を切って船の縁に刺さる。

 一本が頬の近くをかすめ、蜂蜜色の髪のひと房がパサリと切れた。

 

「……いいところだったのに」


 敵襲かしら? 襲われるのは慣れっこなので、もういちいち驚かない。

 あたりを見回すが、敵らしい敵は見当たらない。

 闇魔法の隠密スキルを持つ、帝国の追手だろうか。

 

 はあ、とため息をついて私は宙に手をかざす。

 隠れてる追手を探すなんてまどろっこしい真似はしないわ。

 

暗黒空間ブラックホール

 

 術の名を唱えると、黒い塊が掌の前に現れ――すべてを吸い込む。

 任意の場所に強い重力を発生させる闇魔法のひとつ。


 周囲にあるあらゆるものを凶悪な重力が引き込む。

 光すら飲み込むそれは、闇魔法が悪魔と恐れられる所以。


『アンタ何やってんだ!!! 俺の船だぞ!!』


 船長が何か叫んでいるが、私にヒゴク語はわからないから無視するわ。

 帝国の追手を処分しておくことは、彼の安全のためにもなるのだから。

 

 だがなかなか追手は尻尾を掴ませない。

 隠密スキルで接近してきたわけではなさそうね。

 なら、もっと出力を上げて、飲み込んであげる――!!

 

「待て待て、魔法はあかん!! ただの流れ矢や!!!」


 そう力を込めた時、一人の男が飛び出してきた。

 浅黒い肌に黒い髪はヒゴク人の特徴……だけど男はノルクラッド帝国語を流暢に話している。


「近くで戦争しとるんや。離れれば安全やから船出すで!」


 ノルクラッド帝国では、ヒゴク人の外見を持つ者の就労先は厳しく定められている。

 元公爵令嬢の暗殺なんて、危険で重要な仕事には就けるはずがない。

 つまり、彼は追手ではないわ。

 

「いきなり魔法ぶっぱなして、おっかないわあ」


 乗ってきた男は船長に何かを伝えると、船長は舵を切ってここから少し離れた場所に船を着港させた。


「あなたがモグラね」

  

 会うのは初めてだが、私は彼を知っていた。

 モグラ――ノルクラッド帝国人の父とヒゴクの母を持つ、商会の通訳。

 私が流刑地でのたれ死なないよう、こっそり手配した現地通訳兼案内人だ。


「アンタがセラフィマやな」


 私の挨拶に、モグラは意味ありげに笑っていた。

 

「ようこそ地獄へ」


 そして、最悪のあいさつで私たちの出会いは果たされた。


 ◇ ◇ ◇

 

 追放地、ヒゴク――


 強い太陽が地面を焼く。

 赤土の大地を緑が覆い、花々は太陽を向いて咲き誇る。

 

 まるで舞台のセットのように美しい。

 

 ――そうだ、今度こそ歌いましょう。


 両手を広げて太陽の下でくるりと回ると、ドレスの宝石がキラキラと光る。

 自然のライトを浴びながら踊れば、そよ風が花を揺らして私を煌めかせてくれる。

 

「~太陽の下で風が舞う

 ドレスが踊り 影さえ歌う♪」

 

 ***

 

『あの娘は気が触れてるのか?』


 セラフィマが気持ちよく歌っている頃、モグラと船長は冷ややかな目でそれを見ていた。

 

『アレをお守りするのか? 本当にお前は金のためなら何でもやるな』

『地獄の沙汰も金次第――ここじゃ、酋長どもに払う金がないと生きていけへんからな』

『賄賂なんて意味ねえよ。額が少なけりゃ部族も違うのに徴兵されちまうんだ』

『でも、払わんと殺されるからなあ……』


「~ Светスヴェート мойモイ и бредブリェート мойモイ,теперьチェペーリ этоエータ следスリェート мойモイ(私の光も、過ちも、今や私の軌跡)♪」


『そうだ、さっきの矢見ただろ? ありゃ犬笛将軍の仕業だ』

『なんやそれ。犬笛吹くんかいな』

『変な言葉で喋ると、嵐を支配できるんだってよ。嵐で吹き飛んだ矢だろうな。まるで奴の合図で吹き荒れたようだから、「犬笛」』

『…………それは、まほ――』


「~闇も光も 受け入れよう

 捨てたはずのものも 今は力♪」


「いや、やかましな、アイツ!」


 *** 


「~スラーヴァ・ヴァリアール《暗黒令嬢万歳》!!」

「うるせえぞ、白饅頭!!!!」


 気持ちよく歌い切ろうとしたとき、野太い声が全てをかき消した。

 「白饅頭」――ヒゴク人がノルクラッド帝国人を罵倒するときの常套句……なんて失礼な言葉なの!

  

 私は顔を上げ、無礼な乱入者を睨みつけた。

 だが男は私のことなど意に介さず、山のように大きな背丈をかがめて私の胸元を凝視する。

 

「ほう。いい宝石だ、アンタ自体も高く売れそうだが……」 


 男の目線は厭らしく、私の体を――特に、胸のネックレスを嘗めるように物色する。

 反吐が出そうな気分だわ。

 

「下賤な目を向けないで頂戴」

「さすがに帝国の人形は売り物にできねえな。宝石だけで勘弁してやる。通行料だ」

「通行料? この村は各部族の中立地帯と聞いているわ。あなたに何の権利があるの」

「俺は犬笛将軍。隣の村の酋長で……ちょうどさっき、この村も俺のものになった」


 なんてタイムリーな……

 先ほどの流れ矢はこの男たちの戦争だったようね。

 

「つまり、俺には通行料を定める権利がある。アンタはこの宝石でいいぜ」

「何を勝手に……!」


 この暗黒令嬢レディ・ヴァリアールに喧嘩を売るなんていい度胸じゃない。


暗黒空間ブラックホール

「姐さん! 止めとき!」


 手を宙にかざした時、慌てたモグラが間に入ってくる。

 モグラは私と将軍の間に割り込み、ぐいと肩を組んでこそこそと耳打ちする。

 

「悪いことは言わん。払うとき」

「何を言うの。正式に公布された法でもないのに、従う理由なんて……」

「あんたはええねん。機嫌損ねたら、今日からこいつの領土になる村のやつらが困んねん」

「うっ……」


 追放されたとはいえ、私は元公爵令嬢。

 民の安全を人質に取られると弱い。

 

「仕方がない、払いましょう」


 二度とここを通らなければいいだけだわ。

 渋々深紅のルビーのネックレスを外して渡す。

 

 けれど、ネックレスを受け取った将軍はニヤニヤと笑ったままだ。


 何か嫌な予感がした。

 

「生意気な奴を罰する権利も――俺にはある」

「えっ……」 


「静寂を裂け、風の牙。音もなく、影のごとく――風刃ウィンドスラッシュ!!」

 

 シュバァッ! と詠唱通り静寂を割いて、風が舞う。

 圧縮された空気は刃となり……モグラに直撃した。


「モグラ!!」


 モグラは避ける間もなく風の刃を頭に喰らい、血しぶきをあげて倒れた。

 悲鳴さえ上げないのは……首を落とされたから。

 

「あはははは!! ざまあねえな混血児が!」

「なんてことを!」

 

「これが俺の神秘の力! おい女。次はもっとでかい宝石を持ってこい」

「私は追放された身なの。もうこれ以上の宝石はないし、用意することもできないわ!」

「そんなことは俺には関係ねえ! 7日後までに持ってこい! そうでなければ………」



「この村の人間を、こいつのように殺してやる」

 

 

 ◇ ◇ ◇


「あー、災難やった」


 結論から言うと、モグラは生きているわ。


 高笑いをして去っていった将軍の姿が見えなくなったことを確認してから、私は魔法を解いた。

 

 高位の闇魔法「暗黒空間ブラックホール」――すべてを吸収するその魔法は、風の刃をも飲み込んだ。

 そして重ねがけした「慟哭する未亡人ウェイリング・ウィドウ」――幻覚魔法でモグラの死を偽装。


 それにより、将軍は当たってもいない低級魔法でモグラを殺したと思っている。


『うわあああ生き返った!!!』

『奇跡だ!!!』


 まあ、周りにいた村人もみんなそう思ってそうだけど。


「しかし、厄介なことになってもうたな」

「あら、次も魔法で撃退できるわ。あいつそんなに強くないもの」

「そんな簡単な話ちゃうで」


 モグラが言うには、犬笛将軍を殺したとしてもどうせ次の将軍が現れる。

 それを倒しても次が、さらに次が――

 絶対的な力で支配でもしない限り、悪党は小競り合いを止めない。

 

「ヒゴクに魔法はあらへんから、どこも力関係は拮抗しとる。あの犬笛将軍だって、あいつしか魔法を使えなさそうやしな」

「ここじゃあの程度の魔法でも、自慢できる代物なわけね」

「手に入れたものは神になれる……が、神ってやつはたいがい碌なことをせえへんよ」


『将軍……戻ってくるって?』

『最悪だ。関税が払えないと家族を殺すって言ってやがる』


 モグラの言う通り、物事は単純ではない。

 

 暴君が神のごとき力を得たことで、民たちは怯えている。

 だけどそれは絶対的な力には程遠いから、倒したところで別の悪党が襲い掛かってくるだけ……どん詰まりだわ。

 

 なんでこんな試練を与えるのよ。

 Нахуйフイ Богаボーガ!(F##k you GOD!)――

 ああ、あいつはここにはいないんだっけ。


「アリガト。アンタ、カミサマ」

「えっ」

「カミサマ、キセキ」

 

 思い悩んでいると片言のノルクラッド語で声をかけられた。

 

 私を運んでくれた追放船の船長……そういえば、モグラと仲が良かったわね。

 

 彼が死んだと思って、船長はずっと泣いていた。

 それが突然息を吹き返したので(ずっと息はしてたけど)、奇跡のように見えたのだろう。


「奇跡じゃないわ、あれは魔法――」


 ふと、すべての問題を解決できる策が浮かんだ。

 

 全ての問題を解決できる、絶対的な力があればいい。

 全てを統べる、絶対的な存在がいればいい。


 それは――


「私が神になって、すべてを支配すれば解決じゃない!」


 そう、信じるものがいれば神は”作れる”のだから。

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