叫びの壺

@nashigoren745

第1話 今日の惨めな

 心理学の講義を受けていた。スクリーンには、優秀な学生の感想が写し出され、その内容について話す教授の姿が目に映った。何ら問題なく進む講義の中で、私の呼吸は歪み、重さを増していた。「気質」と言うものがある。それは、人が生まれた時から持っている特性のようなものである。色々考え方はあるが、「落ち込みやすい」「社交性が高い」という要素もその一部だと言えるだろう。「気質」と呼ばれるものの中で、どうしても社会に適合しにくい性質を持つものがある。それを持つ人がいる。心理学の講義内では、そんな社会と相反する気質にも良さがあるのだと、気質によってその人の良し悪し判断するのは良くないことだとよく言われる。その言葉が、私には、あの頃の学校集会の挨拶のようだった。社会にとって扱いにくい気質を持ち、成長とともに上手く社会に適応できなかったものは、耳障りの良い正論信者の世界から排除される。社会の隅の、できるだけ目につかないところに集められて、いつか焼却処理をされることを待つだけの荷物。そんなものになっていく。「どんな気質にも良さがある」と言う言葉は、いわば、「あの人悪い人じゃないんですよ」といったような都合の悪いことを濁す言葉と同じようなものである。そんな言葉は、劣ったものを慰める、自分にその癇癪の矛先が向かないようにするための安全策であって、実のない空虚な言葉にしか思えないのだ。ありもしない綺麗事という蓋で、直視したくない臭いものを押し留める。そう、人はどうしたって、受け入れたいものだけを受け入れたいのだ。他人も、私も、当たり前に。どんな善人面をした奴だって、見たくないものを笑顔のまま切り捨てて生きている。家族だって、親戚だって、友人だってそうだ。今日だって、人の目や声が自分を見下しているように感じられる私は、他者に対して疑心と敵意を当てつける私は、誰にも本当の意味で必要とはされていないのだ。彼らは、正しい形から外れないように、言葉だけの紛い物の優しさを、私に廃棄する。それに釣られてはならない。間違えてはならない。自分を受け入れて欲しいと思う思いは、大体が押し付けがましく、相手からの搾取である。それにだけはなりたくない。こんな私にも、小さじ一杯ほどのプライドがあるのだ。惨めさと感情の矛盾、そしていつまでも続く息苦しさの中で、それでも私は、まだ呼吸を止めることができなかった。

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