SEVENTH WAVE: Side-X
@ren_nananami
Side-M ピンクの福音
金曜日の、午後三時二分。
アタシの世界は完璧だった。完璧に、アタシが創り上げた世界だった。
目の前のアヤカ。彼女が着ている服も、その髪型も、今飲んでいる新作のフラペチーノも、全部アタシが教えてあげたものだ。アタシがいなければ、彼女は今でもあの田舎臭い、センスのない、ただの地味な女の子のままだった。
アタシが彼女を見つけ出し、磨き上げ、そして「アヤカ」という最高の「作品」に仕上げてあげた。
カフェの窓から差し込む西日が、アヤカの綺麗な茶色い髪をキラキラと光らせる。その光の角度さえも、アタシが計算し尽くした完璧な舞台装置。
「ねえ、ミカ」
アヤカが言った。
「今日のプリ、マジ盛れなかった?」
そのセリフも、その上目遣いの角度も、全部アタシが教えた通り。
「それな」
アタシは完璧なタイミングで相槌を打った。
スマホの待ち受けにしたばかりのプリクラ。その写真の中のアヤカは、アタシの隣で少しだけ控えめに、でも最高に可愛く笑っている。完璧な構図。完璧な作品。
それが、アタシの全てだった。
アタシという、作家がいて。
アヤカという、作品がいる。
この美しく支配された時間が、永遠に続くと信じていた。
午後三時三分。その、瞬間までは_____。
世界中の光が、死んだ。
カフェの店内のモニターも、
アヤカの手の中のスマホも、
アタシの手の中のスマホも、
全てが一斉に暗転した。
そして、次の瞬間。
地獄の扉が開かれた。
クラスのLINEグループ。通知が狂ったように鳴り響く。
そこに投下された、一つのスクリーンショット。
それは、アヤカの裏アカウントの投稿だった。
『ミカって、マジうざい。すぐ、人の真似するし。服も、髪型も。マジ、金魚のフン。ウケる』
時間が、止まった。
カフェのざわめきも、あのどうでもいいラブソングも、何も聞こえなくなった。
ただ、目の前の、アヤカの顔だけが見える。
彼女は真っ青な顔で、スマホの画面を見つめている。そして、ゆっくりと顔を上げて、アタシを見た。その瞳に宿っていたのは、絶望と、そして、ほんの少しの、安堵の色だった。
ああ、そうか。
やっと、バレた。
やっと、この面倒な操り人形ごっこから、解放される。
彼女の瞳は、そう言っていた。
アタシの、作品が。
アタシの、所有物が。
アタシに、反逆した。
許せない。
アタシの頭の中で、何かが、ぷつん、と切れた。いや、切ってやった。
悲しみじゃない。怒りでもない。もっと冷たくて、もっと純粋な、破壊衝動。
アタシは何も言わなかった。ただ、震える手で自分のフラペチーノを掴んだ。
そして、それを目の前の、アヤカの、そのアタシが創り上げた完璧な顔に。
ぶちまけた。
ピンク色のクリームと氷の粒が、彼女の髪と制服を汚していく。
周りの客が悲鳴を上げる。
アヤカの顔が、驚きと、恐怖と、屈辱に、ぐちゃぐちゃに歪んでいく。
その光景を見て、アタシは心の奥底で、どうしようもないほどの快感を覚えていた。
ああ、なんて、綺麗なんだろう。
アタシの完璧だった作品が、アタシの手によって壊れていく、この瞬間。
これこそが、本当のアートだ。
アタシの完璧だった金曜日が。
アタシの信じていた昨日が。
アタシの一番、大切だった、所有物が。
たった一行の反逆で、死んだ。
そして、アタシの手で、完全に、壊された。
どす黒く光る、イルミネーションを身体に巻かれたようだった。
その瞬間を、アタシはきっと、一生、忘れない。
ありがとう、どこかの誰かさん♪
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