ユグナム・カンタ ー世界樹のもとで歌われしものー

てぃえむ

第1話 『ヴィーゴ詩篇』 ー Crimen Creationis ー


 芸術とは、神話の残り香

 拾うはドワーフのつるはしか、影の声か──


 芸術を志すならヴィーグルにひと息、祈るがよい。

 アルテシアの大地が共鳴を認めた時、星の鉱石が姿を現すだろう。


「地を穿つ者よ、魂を忘るるなかれ」

 ― ヴィーグル法典 第零章 序詞



 第二章:禁断の交響(きょうきょう)

「光なき者と、地を這う者。両者の共鳴は、命を溶かす禁忌である」



 アルテシアの大地。

 地上には世界を見守る大樹が枝を広げ、妖精と人が共生していたとされている世界。その地中奥深くには、根に抱かれるように胎内のような闇と静寂に包まれた場所。


 だが、その沈黙を破るように──


「石に眠るは、忘れられし詩(うた) 叩け、響け、つるはしの夢よ」


 ひと振りのつるはしが黒曜石のような岩肌を打ち、岩は微かな銀光を放ちながら低く唸るような音を奏でる。それは地鳴りのグルンムル──地を打ち鳴らす衝撃が言葉となる、ドワーフたちにとっての言語である。

 グルンムルが生み出す鉱物を使用した竪琴の音色は詩の神に認められ、彼らが職人の一族である事を証明させた。ドワーフ達は集団を好んだ。共にグルンムルを奏でる事は彼らにとって共鳴であり、文化であり、家族の証だったのだ。


 しかしドワーフの中で一番の腕利きの職人・ヴィーゴはいつも一人。


 才能は、灯火のように他者を照らすが、その炎に近づく者は誰もいない。芸術性の高さゆえの孤独だったが、彼にとってはどうでも良い物だ。


「まだだ、まだ足りぬ」


 集団の共鳴を離れた彼の奏でるグルンムルは、探求という業火に燃えていた。



『ナットシルヴァ』



 それは、星のような光を帯びる鉱石。

 伝承によれば、ナットシルヴァを生み出した者は詩神に選ばれし“声を持つ者”──創造の導き手とされた。だが、それを生み出すグルンムルを奏でた者はいない。

 仲間たちは「そんな詩は、この世に存在しない」と言ったがヴィーゴは「求めるのは賞賛ではない。届かぬ音──まだ誰も聴いたことのない詩。それだけだ」と訴える。


「芸術は孤独なり。命を削るそれは、天上の宴であり、奈落の牢獄でもある。ああ、私の芸術は完成することはないのか……」


 カン、と叩いた瞬間、石から弾ける光は夜に咲いた光の花のよう──静かで、儚く、恐ろしい程美しい。しかしヴィーゴの願いも空しく、光は闇に消えていく。

 ヴィーゴの拳は裂け、血が鉱石を濡らすが、彼はつるはしを振り続けた。彼の求める詩は、まだ生まれていないからだ。


 ──その時だった。

 

 つるはしの音に交わるように、誰かの鼻歌が聞こえた。


 それは闇の妖精達が紡ぐ「詩律(ルーンカンタ)」

 光でも影でもない、音だけの妖精──ドワーフ達の詩の残響に混じる孤独や願いの音を、彼らは食べると言う。ヴィーゴの願いの声は、彼らにとって「最も美味」な食事だったのだ。


 ドワーフ達はルーンカンタを恐怖とし、闇の妖精達を避けた。しかしヴィーゴは違った。


 柔らかく、甘く、そしてどこか悲しい旋律。

 それがヴィーゴの歌と重なった瞬間、打っても打っても光を失うばかりだった星の鉱石が、ふわりと光を放ち、煌めいていたのだ。


 どうか、そのまま歌い続けてくれ──祈るように、ヴィーゴはつるはしを振り続けた。


 2つの詩は肋骨や内臓に震えるような振動を生み出し、つるはしが鉱石を叩くたびに空間が星のように一瞬光を放ち、「泣く」ようなグルンムルが闇の世界に響いていく。まるで空間そのものが詩を奏でているかのように。

 幾年も幾年も、ヴィーゴはその場所でつるはしを振り下ろす。皮膚が裂け、血がつるはしを濡らしても、彼は止まらなかった。なぜならそこに「まだ誰も聴いたことのない詩」が宿っていたからだ。そして彼の瞳には見えていた。


 星々のような光を放つ──星の鉱石が少しずつ形を成していく様が。




 ルゥリィ……リィィィ……


 闇の妖精の奏でるルーンカンタは、長い月日を経て胸を締め付けるような悲しみを帯びたような音色に変わっていた。


 まだだ。まだ足りない。


 ルーンカンタとグルンムル。闇の旋律と地の詩。

 その共鳴が完全に重なった瞬間、鉱石が産声をあげた。心臓が震えるような共鳴音。星が光を放つような崇高な瞬間。



 ――芸術とは、命の残響(こだま)だ。



 闇の世界の遥か上空に位置するアルテシアの大地が、第三の音に耳を傾けているようだった。ヴィーゴの腕が下り、妖精の声が止む。しんと静まり返ったその場所で、彼はつるはしを置き項垂れる。


「完成した。これが、俺たちの詩だ」


 ヴィーゴの前には、銀の糸を無数に束ね、星々のような光を放つ「ナットシルヴァ」が光を放っていた。




 ──孤独に咲く、星の鉱石よ。


 罪の名を冠せられても、なお共鳴が生む神秘の光のために自分は、生まれてきたのだ。

 たとえこの命、燃え尽きようとも……音は残り詩は紡がれる。それが創造という罪ならば、喜んで堕ちよう……




 ヴィーゴは妖精の手を取った。骨の感触も温度もない。だが全てが満ちていた。世界は静かになった。つるはしの音も、歌も、光も止まり──ただ一つ。


 ナットシルヴァのかけらだけが、星のように静かに……ぽうっと光を放ち続けていた





 ――記されざる第三の詩(ナマル=イグ)


 星の下 誰ぞ聞くや

 地の声と 闇の祈りを ひとつとなりて 光となりぬ

 されど光は誰のためにあったのか?

 ナットシルヴァよ ヴィーグルの声と共に神話の種なれ。




 

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