day8「足跡」

足跡

 足跡を追ってきた。

 それは何とも言えない、奇妙な足跡だった。

 大きさは大型動物のそれであったが、形はまるで鳥のそれであった。スズメやニワトリと言うよりは、アヒルなどの水鳥のそれに近い。三叉に分かれた指の間に水かきと思われるものがあるのだ。

 水場に生息する生き物だろうか。それにしても、ここまで巨大な生き物が身を潜められるだけの水場がこの近辺にあるだろうか。この山奥に。

 好奇心に駆られるまま、男は足跡を追い続けた。照り付ける太陽の下、水場を求めて。汗を拭いながら。

 それが、足跡の主の罠だとも気づかずに。

 足跡の主は、鳥とも獣ともつかない、巨大な有翼動物だった。全身を白い体毛に覆われ、瞳は獲物を前にして、紅玉のように爛々と輝いていた。

 水場などありはしなかったのだ。男は思う。この生き物はきっと、わたしのような遭難者をおびき寄せるため、進化の過程で水かきを得たのだろう。

 胴体を咥えられ、洞窟の中に転がされる。この生き物の巣らしい。そこには、白い生き物の子供が数匹――あるいは数羽がひしめき合っていた。

 男は思う。わたしはきっとこれから、全身を細かく分解されて、この幼い肉食動物たちに分配されるのだろう。後にはただ、骨と衣服と登山用具だけが残されるはずだ。

 ああ、それと脚のボルトだ、と男は思う。脚の骨を折ったというのに、懲りずに山を目指し続けた結果がこれだ。自分の生きざまを物語るのに、これ以上相応しいものはあるまい、と。

 そんなことを思いながら、目を閉じる。

 男は知らなかった。

 目の前の生き物が、肉食動物ではないことも。彼らが求めているのは、男の肉ではなく血であることも。やがて、心臓に何か鋭いものが突き刺さり、全身の血という血を吸い上げられることも、搾りかすとなった肉体はそこらに転がされたまま、朽ちるまでに長い時間がかかることも。

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文披31題2025 戸松秋茄子 @Tomatsu_A_Tick

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