ほんぶん①
私と小林くんは、思わず顔を見合わせる。
「小林くん、自由研究って? 観察日記?」
「……まあ、そんなところかな」
数年前に事故で亡くなった妹さんの部屋から見つけたという、この『なつのじゆうけんきゅう』。画用紙を紐で何枚かまとめたもので、鉛筆とクレヨンを使って書かれた観察日記だ。
「これを私に見せて、何? どうしたいの?」
わざわざ私を呼び止めて、部屋まで通したのだから、それなりの目的があったのだろう。
「妹が亡くなったのは三年前なんだけど、今になってこんなものが出てきて。なんだか気になって」
小林くんは、あるものを指差して言う。
「妹が何を育ててたのか、知りたいんだ。この、『●』ってやつ」
『なつのじゆうけんきゅう』の中に登場する『●』。黒いクレヨンでグルグルモジャモジャッと書かれたそれは、文字にも記号にも見えなくて、なんて言葉で言い表したらいいのかわからない。ページを数枚めくって確認してみたけれど、みんな同じ表記がされていた。
この『●』が何なのか、小林くんは調べたいという。けれど、
「……それ、私に聞く?」
今日が初対面も同然の私を頼るより、他に方法があるはず。
「妹さんのことなんだから、小林くんの方が詳しいでしょ。っていうか、そのときのことを思い出せばいいんじゃないの?」
そう話すと、小林くんは困ったような顔をする。
「実は……その時期、僕だけおじいちゃんの家に預けられてたんだ」
「えっ? 小林くんだけ家にいなくて、妹さんとご両親が一緒に暮らしてたの?」
「うん、そうだけど」
「なら、ご両親に聞いてみれば? 何かわかるかもしれないよ」
「……いや、ちょっと聞ける状態じゃないんだ」
この時点で――あっ、だいぶマズいことに首を突っ込みかけているかも、と思った。『なつのじゆうけんきゅう』をそっと閉じようとすると、小林くんは言う。
「それでも、どうしても知らなくちゃいけないんだ」
真剣な顔というか、 必死の形相だ。「他に相談できる人がいない」と、何度も頼まれてしまったら、もう観念するしかない。私は、改めて『なつのじゆうけんきゅう』の表紙を捲る。
「黒いモジャモジャだから、モジャモジャちゃんかな。今のところ、手がかりはこの『なつのじゆうけんきゅう』だけなのね」
小学一年生らしい、つたない感じの文字。添えられていた絵には、妹さんと思われる女の子と、謎の物体が描かれている。日記の中に書かれていた『●』と同じように、黒いクレヨンでグルグルモジャモジャッと……。
「動物かな? 黒くてモジャモジャした毛で覆われてるとか? あとは、植物は? こう、モサッと増える感じの? あーっ、それも考えられるね……って、植物は鳴かないか……」
ひとりでぶつくさ言っていると、そんな私の様子をうかがうように、小林くんがそっと顔を覗き込んでくる。
「ええっと、何から答えたらいい?」
「今の? ごめんね。私、ひとり言が多くて」
私は、小林くんに問いかける。
「これって、本当に観察日記? 宿題として提出したの?」
幼児とまではいけないけれど、制作者は小学一年生。どこまで正確なことが書かれているのかは、わからない。
「作品展示用の名札がついていたし、そこに担任の先生のコメントも書かれてたから、提出はしたんだと思うよ」
「作品……まさか、妹さんの妄想っていうか、作り話ってことはないよね?」
「たぶん、作り話じゃないと思う。その年の年末に会ったときに、話した覚えがあるんだ。夏休みに生きものを育てたんだけど、死んじゃったんだって」
小林くんは、目線を左上の方へ向けながら話を続ける。
「そのときは、虫でも捕まえて育ててたのかと思って」
「虫ね。あり得なくはないね。倉庫で見つけたって書いてあるし」
次のページも、その次のページも、グルグルモジャモジャが登場している。
まさか、他人には見せられないような虫で、自主規制してこのモジャモジャに塗りつぶしてあるんじゃ……どのみち、ちょっと気味の悪さがあるのは確かだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。