第二十四話 守り神(お題:爪先)

 夜。

 会社のトイレの個室に入る。用を足し、水を流す。

 トイレから出ようと、ドアの鍵を開けようとした時、足元に何かがあるのを見て、鍵を回す手を止めた。

 ドアの下の細い隙間から、細い影が二本、差し込んでいる。

 その影に強烈な違和感を覚えた。しゃがみ込み、細い隙間から外の様子を窺う。

 悲鳴をあげそうになり、咄嗟に口を押さえた。

 爪先が見えた。

 個室の外に誰か、いる。

 おかしい。あり得ない。

 今、この建物にいる人間は私だけのはず。他には誰もいない。

 もし、誰かが会社に入ってきたら、ドアが開く音で分かる。

 一体誰だ?

 なぜそこにいる?

 深呼吸する。落ち着け。よく考えろ。

 朝まで個室にいる、というのはどうだろう。できればそれは最終手段にしたい。早く帰りたい。

 どうしよう。本当にどうしよう。

 もう一度しゃがんで、ドアの隙間から外を見る。爪先が見える。

 相手は裸足だ。足の大きさは小さい。子どもの足に見える。肌は乾いてカサカサで、色が薄い。爪は伸びていて、ところどころ欠けたりヒビが入っている。

 ボロボロの子どもの足に見える。でも、子どもがこの時間に会社にやってくるわけがない。

 一体全体、本当に誰なんだ?

 音を立てないよう、慎重に靴を脱ぐ。便座にゆっくり足を乗せる。ギリギリ、頭がドアの上から出せる。

 上の隙間から、外を見下ろす。

 ドアの前には、誰も立っていない。

 私は顔を引っ込めて、便座から降りた。もう一度ドアの下の隙間を覗く。まだ足がそこにある。

 よし分かった。これは幻だ。ちょっと疲れが溜まって、変なものが見えてるんだ。

 ドアを開けよう。それで、もう帰って寝よう。

 私はドアを開けた。



「社長、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」

「ああ、大丈夫。ありがとう。君こそ大丈夫?」

「薬のおかげでなんとかなってます。夢に出てきますが……トイレに入ったら、床に全裸の男が大の字で伸びてる夢を」

「うわあ……なんと言葉をかけていいか。しんどいなら、ゆっくり休んでいいからね」

「いや、私は大丈夫です。あ、そうだ。一つ、気になることがあるんですけど」

「何だい?」

「事件の後、トイレに線香やお菓子をおくようになりましたよね。何故ですか?」

「母にそうするよう言われたんだ」

「お母様、ですか?」

「うん。あのトイレには必ず御供物をしろ、守り神がいるからって。今回の変態事件も、守り神が助けてくれたんだろうって言ってた」

「守り神?」

「だいぶボケてるからね。正直私にも何を言ってるかよく分からないよ。でも」

「でも?」

「変態が取り調べで、トイレに足がいたとかなんとか、変なことを言ってたらしいんだ。だからもしかしたら、と思って、御供物を用意してる」

「なるほど……トイレで拝めば、夢に変態が出てこないようになりますかね」

「いいんじゃない? やってみなよ」

「はい。お祈りしてきます」

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