第九話 夫婦会議(お題:ぷかぷか)

 この前、××を連れて神社の夏祭りに行ったのよ。

 この辺じゃ一番大きい神社だから、屋台もたくさん出ていたわ。私の子どもの時と比べると、どれもこれもすごく値上がりしてて、時代を感じたわ。あれ食べたいこれやりたいって言ってくる××を宥めすかすのに苦労したわ。

 それでまあ、なんとか××を連れて歩いてたんだけどね。御神木がある曲がり角を曲がったところに、変な屋台があったの。『魂釣り』って名前のね。

 いや、だから、『魂釣り』。魂よ、た・ま・し・い! 青い看板に黒い字で本当にそう書いてあったの。店員は中年のおっさんが一人っきり。丸いビニールプールが置かれてて、そこに丸いものがたくさん、ぷかぷかと浮いてた。

 息子がプールに駆け寄った。店員は××に向かって「いらっしゃい、見ていきなよ」ってにっこり笑いかけたわ。××はもう目をキラキラさせて「これやりたい!」って言い出したの。

「さっき輪投げをやったでしょ」

「やだやだ! これやる!」

「お母さん。今回はサービスするよ。三回タダで遊べる」

 店員が私に向かって笑ったわ。前歯が何本か無かった。

「ママ、タダだって! ねえ、いいでしょ?」

「せっかく年に一度の夏祭りだ。今日くらいは遊ばせてもバチはあたりゃしませんよ」

 ××と店員に押されて、私は渋々オーケーした。三回だけよって。

 店主は××におもちゃの釣り竿を渡したわ。

「これでプールの魂を釣るんだ」

 私は××の背後に立ち、プールを見た。

 さっき、丸いものがたくさん浮いてるって言ったでしょ。私は最初、スーパーボールが浮いてるって思ったの。実際、その丸いのには、いろんな色、模様があったわ。

 普通のスーパーボールと違うのは、ボールには小さいフックがついてたのと、大体が全部光ってたこと。ぼんやりと光ってるのから、ピカピカと点滅してるのまで、色々あったわ。その時、最近のスーパーボールは光るのねぇって思ったの。

 ××が釣りたいものを吟味し、一際大きい、ピカピカと白く光ってるボールのフックに、釣り糸をそっと垂らした。釣り針を見事フックにひっかけ、ボールを吊り上げたわ。

「やったぁ!」

 ××が歓声をあげたその時、私の背後で人がどよめく声がした。

 振り返ると、誰かが倒れていて、その周りを人が囲ってた。「おい、大丈夫か!」「救急車を!」って声がたくさん聞こえたの。

「おお、ボクくん、やったね。今そこにいる人間の魂だよ、それは」

 店員が言った。私はえ? ともう一度聞き返した。

「そこの人の魂だよ。釣ったから倒れちゃったねえ」

 私は咄嗟に××から釣り竿を取り上げ、釣り針に引っかかったボールを、プールに入れた。

 すると、

「お、目を覚ましたぞ!」

「大丈夫か? 自分の名前分かるか?」

 背後の人だかりはだんだん小さくなっていった。

「おや、助かったみたいだ。お母さん、さすがだね」

 私は××の手を取り、すぐにそこから逃げようとした。でも、いつの間にか、もう一本別の釣り竿を渡されていたみたいなの。私が止めに入る間もなく、××は水面に糸を垂らし、もう一個、ボールを吊り上げたわ。

 その瞬間、××がバタリと倒れたの。

「おや、今度は自分で自分の魂を釣っちゃったか」

 店員がさぞ面白そうに笑ったわ。私は、地面に落ちた釣り竿を拾い、針についてたボールをプールに戻した。すると××がむくりと起き上がった。目をぱちくりさせてたわ。私は××を抱っこしようとしたけど、突然、身体から力が抜けて、立てなくなった。××は私の横を抜けて、プールへ駆け寄った。

 床に膝をついたまま、気力を振り絞って振り返ると、店員が片手をプールに突っ込んでるのが見えたの。その手には白く光るボールがあったわ。あのボールを水面から出されたら私は死ぬ。直感でそう思ったわ。

 店主は××に微笑みかけた。

「ボクはなんの魂が欲しい?」

「たましいってなに?」

「うーんと……生き物の命のことだよ」

「生き物? ぼく、犬が好き!」

「犬? 犬か。犬が欲しいかい?」

「うん! 犬欲しい!」

「ならば、この小さな奴を釣るといい。死んだ犬の魂だ。釣るとずっと君のそばについてくるよ」

 私は止めようとしたけど、身体が全然、ピクリとも動かなくて。

 ただ、××が何かを釣り上げるのを黙って見てるしかなかったの。

「ママー、見て! 犬!」

 ××が私の元に駆け寄ってきて、それから身体がようやく動くようになった。

 屋台は無くなってた。まるで最初からそこに無かったみたいに、煙のように消えていた。周りにはお祭りに来た人達で混雑していたわ。

「ママー、ママー、犬だよ!」

 ××が手のひらに持っていたものを私に見せた。私には白くて丸い小石にしか見えなかったそれを、××はそっと撫でた。

 それからは、あなたが知ってる通り。

 ××はあの『犬』を可愛がってるわ。

 常に一緒にいて、朝と晩には散歩させて、水とご飯を食べさせてる。

 不思議なのはね、あれはただの小石なのに、水やご飯は勝手に減ってることなの。××が食べたり飲んだりしたんじゃないわ。あの子を学校に送っていって、家事を済ませた後、ふとお皿を見たら減ってるのよ。

 お祓いにも行った。神社にも行った。病院にも行った。でも治らない。

 もう、あの『犬』と一緒に暮らすしか無いんだわ。

 どうしようもないの、あなた。

 受け入れるしかないのよ。

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