第41話 夏だ! 海だ! 花火だ!
ショッピングモールで水着を買った私達は、そのままの足で近くの海へと向かう。
「――わ~! 懐かし~!」
目の前に広がるのは白い砂浜と広大な海、それから分厚い入道雲。とはいえ夏真っ盛りのこの時期は、観光客や海水浴に来た地元民に溢れており、白い砂浜はカラフルなテント色へと変わっている。それも含めて、私は小学生の頃によくここへ遊びに来ていた日のことを思い出した。
「ん~~~海だ~~~!!」
そう叫びながら、コガネは砂浜の上を勢いよく走る。そしてそのままジャボジャボと海の中へと入っていった。
「あははっ、気持ちい~~!! ご主人もはやくはやく~!」
「う、うん……!」
懐かしさに気を取られていた私は、コガネの声で我に返る。
――そうだ、私は今日ここに遊びに来たんだ……だったら今はこの時間を楽しまないと!
「シュン、コン、行こ!」
「あっ! 待ってにゃ、メメちゃん~!」
「そんなはしゃいで子供やないんやから……ほんま、しゃあないな~!」
私の後に続いて、シュンとコンも海の中へと入っていく。足元に押し寄せた波が水しぶきを上げて全身に降りかかる。
「きゃっ! つめたいっ!」
でも、全然嫌じゃない。ううん、むしろもっと浴びていたいくらい。
そう思っていると、今度は波ではなくコガネが私の胸に押し寄せてくる。
「どーーん!!」
「ちょっコガネちゃ……きゃあっ!!」
大きな水しぶきと共に私達は海の中へと消える。
「――ぷはぁっ! もうコガネちゃんったら危ないよ~!」
そう言いながらも、私は顔に付いた海水を拭いながら笑顔を浮かべる。さっきまで暑さで部屋に横たわっていたとは思えないくらい、今の私はテンションが高まっているみたいだ。
「えへへっ~! だってご主人の水着姿すっごく可愛かったから、つい抱き着いちゃった!」
そう言ってコガネは私の白いワンピースタイプの水着をじっと見つめる。
私の水着はコガネ達三人が意見を出し合って決めたもの。それぞれコガネはとにかく可愛いものを(理由:可愛い子は可愛い水着を着るべし)、コンはとにかくオシャレなものを(理由:可愛い子はそれに見合ったセンスを磨くべし)、そしてシュンはとにかく露出を控えたものを(理由:可愛い子はその可愛さを隠すべし)提案した結果、折衷案として今の形へと落ち着いたのだ。
一方、コガネの水着は正統派可愛い系のピンクのビキニ。胸元がV字にぱっくり開いており、その縁にはフリルが付いている。コガネの豊満な胸が強調されたとても可愛らしいデザインだ。
「メメちゃん、コガネちゃん!」
「ん?」
「うちらのことも忘れたらあかんで~!」
後ろを振り向いた瞬間、シュンとコンがすくい上げた大量の水が顔面に降り注ぐ。
「――ぶはっ!」
見事に不意打ちをくらった私達を見て、シュンとコンはけたけたと笑い出す。
「もー! やったなーー! ご主人、ワタシたちもやり返すよ!」
「こ、コガネちゃん!?」
コガネはそう言うと、体を後ろ向きにして足の間から犬かきのように水を弾き飛ばす。
「にゃぶぶぶぶっ!?」
「ちょっ!? それは反則やろ!」
「お~! 勢いがすごい!」
流石イヌ獣人、水をかくのはお手の物のようだ。
コガネの振りまいた水を被り、シュンとコンの水着は太陽の光に反射してキラキラと輝く。
シュンの水着は大きなフリルがたくさん付いた、青色の可愛い水着。下はスカートになっており、胸元にはリボンが一つ添えられている。高身長でスタイルの良いシュンにはもっと格好良い水着が似合うと思い、最初はそっちを提案したのだが、シュンの反応的に可愛い系のデザインの方が好きそうだったので今の形に落ち着いた。
一方、コンの水着は最初に試着していた黒のビキニ。腰に巻いた赤のパレオは大人なお姉さんの印象を与える。どちらも二人に似合った素敵な水着だ。
その後は皆で海で泳いで競争したり、砂浜でお城を作って競争したり、ビーチバレーで競争したり……。
――競争しかしてないな?
ともかく、私達は時間も忘れて海で思う存分夏を満喫した。
「は……は……はっくしゅんっ!」
「ご主人大丈夫? ワタシ体温高いからくっついてあげるよ!」
「じゃ、じゃあアタシも!」
「あんたらただくっつきたいだけやろ……まぁうちもやけど」
さっきまで私達の頭上を照らしていた太陽はすっかり傾き、今ではオレンジ色に輝いている。とても温かそうな色合いだが、私の肌はすっかり鳥肌が立ち、今朝までの暑さなんて忘れて震えている。
流石にこの時間になると水着姿のままでは寒い。私達は四人で肌を寄せ合いながらシャワー室のある方へと向かった。
シャワーと着替えを終えた私達は海岸沿いにある石畳の道を歩く。
「あれ? なんだか向こうの方、すごく賑わってないかにゃ?」
「ほんまや、それになんや良い匂いまでしてきたなぁ」
「……! もしかしてご主人、今日ってあの日じゃない!?」
「あっ! そっか、そういえば今日はあの日だったね!」
あの日――それは地元民だけが知っている共通認識。その言葉にシュンとコンは揃って首を傾げる。しかししばらく歩いた先で、二人はすぐにその答えを知ることになる。
石畳の道の脇に建てられたいくつもの屋台。たこ焼きや焼きそばなどの食べ物屋さんから、金魚すくいやヨーヨー釣りなどの娯楽屋さんまでたくさん並んでいる。
「いつの間にか浴衣を着た人達で溢れてるなぁ」
「もしかして今日、お祭りがあるのかにゃ?」
「ふっふ~ん、それもただのお祭りじゃないよ。なにせ今日は夜になったら花火が上がるんだから!」
そう、今日は年に一度の花火大会の日なのだ。
気付けば浜辺にはブルーシートが敷き詰められており、家族連れやカップル、大学生や社会人のグループが各々に陣取って、屋台で買った食べ物やお酒を囲んで花火が打ち上がるのを待っている。
その花火がどれほど地元民に愛されているのかは、その浜辺の光景とコガネの自慢気な表情が物語っている。
「せっかくだし、私達も見ていこっか?」
「賛成ー!!!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、三人は一斉に声を上げる。
そうして、私達は両脇に設営された屋台の間をゆっくり歩いていくことに。
「ご主人、りんご飴食べよ! りんご飴!」
「あっ美味しそう、いいよ~!」
「メメちゃん、あっちのわたあめも美味しそうだにゃ!」
「本当だ、一緒に食べる?」
「うち、たません食べた~い」
「あれ美味しいよね~!」
歩けば歩くほど、両手にたくさんの食べ物が添えられていく。
「さ、流石に買いすぎたかな……?」
「え~まだ足りないよ~! あっ、ワタシ次あれ食べたい!」
「そんなに食べたら太るで?」
「太んないし!」
「あ~すまんすまん、もう手遅れやったな」
「だから太ってないから!」
仲が良いのやら悪いのやら、コガネとコンはお互いの顔を睨み合って口喧嘩を始める。
「にゃはっ、メメちゃん楽しそうだにゃ」
「え~そうかなぁ? ふふっ、そうかも」
その様子を私は隣から笑って眺める。お祭り特有のどこか浮かれた気分のせいなのか、それともみんなと遊ぶのが楽しいからなのか……いや、おそらくその両方だろう。私は今とても浮ついた気持ちでいる。それが自分でも分かるくらい、笑いが止まらないのだ。
「メメちゃんはよく、この花火大会に来てたのかにゃ?」
「う~ん、小学生の頃はよく来てたんだけどね……途中から行かなくなっちゃった」
「そうにゃんだ?」
「うん」
コガネとコンが言い合っている隣で、私はシュンと昔の記憶を思い出していた。
「――ほら、早くしないともうすぐ花火上がっちゃうよ!」
「あははっ、待ってよ~!」
私の目の前を二人の小学生くらいの子供が駆け抜ける。
ちょうどあのくらいの頃は私もそれなりに友達が多く、夏はよく一緒に花火大会に行ったものだ。でもコガネとの一件以来、私はすっかりこういったお祭りごとにも行かなくなってしまった。
「――でも、だからこそ、今日来られて良かった!」
獣人だけど、彼女たちは正真正銘私の新しい友達だ。そんな彼女達と一緒に今日という日の思い出を作れることを、私は心から嬉しいと思っている。
「そっか……! アタシも同じ気持ちだにゃ!」
「ワタシもワタシも~!」
「うちも、あんたと一緒ならどこでも楽しいで♡」
「ご主人に近付くなメス狐」
「はぁ?」
隙あらばケンカを始める二人。そんな二人を「もうすぐ花火始まるにゃよ~」と緩くなだめるシュン。
そんないつもの光景に微笑みながら、私は道端に立てられたポール時計を見上げる。
「……ん?」
その時、頭の上にぽつりと何かが落ちてきた。
気のせいかと思い、構わず時計を確認する。時刻は7時58分。あともう少しで花火が打ち上がる時間だ。私はその瞬間を見逃さないよう、空を見上げる。
――ぽつり。
しかしその時、私のおでこに一つ、また一つとそれは落ちてくる。気のせいかとも思ったけど、こう何度も続くと気のせいではなくなる。いや、本当は最初からその正体に何となく気付いていた。気付いていたからこそ、その現実から逃れるように気付いていない振りをしていたのだ。
「――あ、雨にゃ!」
その雨はだんだんと勢いを増していき、もはやぽつりなんて音では済まなくなっていた。
それと同時に周囲の喧噪も激しくなる。さっきまで穏やかに笑っていた人達も、今では焦った表情を浮かべて雨から逃れるように走っている。
「メメちゃん! アタシたちも早く逃げないと濡れちゃうにゃ!」
「…………」
「……メメちゃん?」
「――あっ……うん」
シュンに手を取られてはっと我に返る。どうやら私はその場でしばらく動けないでいたらしい。
……私は、自分が思っている以上にこの花火を見るのが楽しみだったんだ。
その後、私達は雨を凌げる場所を見つけて、しばらくそこで留まることにした。だけど間もなくして花火大会中止のアナウンスが流れ、周囲からはがっかりとした声が上がる。もちろんそれは私達も同じで、コガネなんか泣きながら駄々をこねて中々帰ろうとしなかった。
正直私自身もすごく残念だったけど、今日は既にたくさん楽しい思いをしたから、悔いはなかった――そう自分に言い聞かせて、私達は重い足取りで帰路へついた。
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