第40話 暑い夏の熱い戦い
「ご主人~~~暑い~~~~!!」
六畳間の真ん中で寝転ぶ私の上に、コガネはごろんと覆い被さる。
「コガネちゃん、くっついたら余計暑いよぉ……」
八月に入り、夏の暑さが本格的に厳しくなってきたころ。私達四人は部屋の窓を全開にして冷たい床に寝転んでいた。とはいえ、その程度で夏の暑さを凌ぎきれるわけもなく……。
「ねぇ……今からみんなで海行かない?」
思いついたわけでもなく、私の口からは自然とそんな言葉が出ていた。
「海!? 行く行く!」
「アタシも行きたいにゃ~」
「うちも賛成~」
暑さに限界を迎えているのか、他の三人も二つ返事で私の提案に乗ってくれる。
「じゃあ決まりだね。コガネちゃん、今から準備するからちょっと離れてくれる?」
「それはやだ~!」
私の体にがっつりホールドを決めるコガネ。引き離そうとしてもどうせ力で勝てないことは分かっているので、そのままコガネに抱きしめられた状態で自分の体を起こす。そして海に必要な物を頭の中で考えながら、自分のクローゼットを開ける。
するとその時、私はある一つの事実に気付いた。
「あっ……私水着持ってないんだった」
当たり前すぎて忘れていた。去年まで不登校で引きこもりだった私が、水着なんてものを持っているはずがないんだった。唯一持っている水着といえば、小学校の頃に授業で使っていたスクール水着くらい。胸の部分に「メメ」と名前が入っているやつ。多少なりとも成長した今の私に、そんな水着が入るわけもない。
「あっ! そういえばワタシも水着持ってなーい!」
「アタシもにゃ~……」
「ほんまアホばっかやな~。ま、うちもやけど」
みんな暑さにやられて、すっかり水着のことを失念していたらしい。
――これじゃあ海に行けないじゃん!
どうしたものかと考えていると、突然隣の部屋に繋がっているドアが横にスライドする音が聞こえてきた。そこから顔を出したのは外行きの服を着たお母さんだ。
「だったらはい、これ!」
そのまま中に入ると、お母さんは私の前に一枚の紙を差し出した。それもただの紙切れじゃない。大層立派な一万円札だ。
「それでみんなで水着を買いに行くといいわ!」
「えっ!? で、でもこんな大金、使っちゃっていいの……?」
普段から優しい性格だけど、お金の使い方にだけは厳しかったお母さん。そんなお母さんが一万円を差し出すなんて、星に願っても叶わなかったのに。
「いいのいいの、だってそれアンスロ学園の学園長さんからもらったものだもの」
「えっ?」
一体どんな奇跡が起こったんだと不思議に思っていると、予想外な人物の名前が聞こえてきた。
「特待生に送られる給与型の奨学金っていうのがあるらしいわね? お母さんも急にお金が振り込まれててびっくりしちゃった!」
詳しく話を聞いてみると、どうやら今までアンスロ学園を卒業したヒトは存在しないらしく、そのほとんどが夏休みを迎える前に学園を離れて行ってしまうらしい。だから私みたいに一学期の終業式を迎えたヒトには奨学金が贈られるみたいだ。
「学園長さん言ってたわよ? 『優秀な生徒を迎えられて大変光栄に思います。これからの活躍も期待しております』って! 娘が褒められて、お母さんも嬉しいわ!」
「そ、そうなんだ……」
能天気に喜ぶお母さんを横目に、私は全く別のことを考えていた。
――これって要は、お金を楯に逃げ道を塞がれてるってことでしょ!?
ヒトと獣人の共存を目指している学園長にとっては、獣人学園に通うヒトは実績作りのための貴重な材料だ。私が獣人と深い関係になる様を、彼女は学園の上階から楽しみに待っている。そのためにはどんな手段もいとわないつもりなのだろう。
……とはいえ、このお金は大切に財布へ仕舞わせてもらう。みんなの水着を買って、そして海で遊ぶために。
私は頭の中にいるニヤニヤした顔の学園長に向かって、ほんの少しの感謝を伝えた。
「コガネちゃん、シュン、コン! それじゃあ行こっか!」
「やったー! おばさんありがとー!」
「ありがとうございますにゃ!」
「ほんま太っ腹やわ~! ありがとうございます」
「私はパートに行ってくるから、くれぐれも溺れないように気を付けてね~」
こうして私達はお母さん(学園長)からの臨時収入を手に、海へ行くための水着を買いに出かけた。
やってきたのは海の近くにあるショッピングモール。その中にある水着売り場へと足を運ぶ。
「か、かわいい水着がいっぱいにゃあ……!」
辺り一面に並べられた色とりどりの水着。ピンクのフリルがついた可愛い水着から、黒くて布面積の少ないセクシーな水着まで様々だ。
「ご主人! どれにする~!?」
「え~? こんなにいっぱいあると迷っちゃうよ~!」
「これとかメメちゃんに似合うんじゃないかにゃ?」
さっきまでの暑さなんて忘れて、私は柄にもなく甲高い声を上げて喜んでいる。友達と一緒に水着を買いに行くなんて初めてだから、いつになくはしゃいでしまっているのだ。
「あんたらはしゃぐのはいいけど、獣人の水着コーナーはあっちやで」
「へっ?」
「にゃ?」
コンが指さした先にあるのは「獣人用」と書かれたパネルが貼られた水着コーナー。突然の種族格差が私達に迫りかかる。
「ま、でもうちはあんたに選んで欲しいから一緒に来てもらうけどな?」
「あっ……う、うん……!」
――そっか、そうだよね! 別に種族が違うからって水着コーナーまで別々にならなくていいんだよね!
私もコン達と一緒に獣人用の水着コーナーへと向かうことにした。
「……そういえば、獣人の水着ってどういう感じなんだろう?」
今まで獣人用のコーナーなんて見たことなかったから、少し気になる。ぱっと見た感じヒト用のものとそこまで違いは感じられないが……。
「ふふっ、気になるんかえ? やったら直接見せたるわ」
「えっ? ちょっ、ちょっとコン!?」
すると、その言葉を待ってましたと言わんばかりに、コンはいくつかの水着を手に持ちながら私を試着室へと連れ込んだ。
「この泥棒狐~! 私のご主人を連れてかないでよ~!!」
「別に少しくらいええやろ? 取って食うわけやないんやから」
「つ、次は私の番にゃよ!」
「も~!! シュンまで~!!」
試着室の外からコガネの呼び声が何度も聞こえてくる。そのすべてをコンは無視し、私と二人きりのこの狭い空間でおもむろに服を脱ぎ始める。
「ま、待って待って! 見えてる! 見えてるからっ!」
コンは何のためらいもなく服をどんどん脱いでいく。上の服を脱いで、下の服も脱いで、さらには下着まで……。
隣で私が赤面していることにコンが気付くと、彼女はわざとらしく、
「――見せてるんやで?」
と、悪戯な笑みを浮かべた。
そのままコンは持ち込んだ水着の中から一つを選び、試着していく。
「どうや? あんたから見て、ちゃんと似合っとるかえ?」
試着が終わるとコンはその場でくるりと一周し、自信満々な表情で私の顔を覗いてくる。
コンが選んだのは、黒のホルターネックビキニ。腰には赤いパレオを巻いており、結び目部分からは白くて綺麗な足を覗かせている。
「わ~大人っぽい! うん、すごくよく似合ってるよ!」
「ふふんっ、せやろせやろ?」
コンはもっと褒めてと言わんばかりに体をくねくねと曲げて、水着を様々な角度から見せてくれる。その度にパレオがゆらゆらと揺れて、とても可愛らしい。
「あれ……? でもそれ、尻尾ってどうなってるの?」
パレオの隙間から尻尾は見えている。でもコンが後ろを向いた時、パレオの上に尻尾は被さっていなかった。つまり尻尾は水着とパレオの間に挟まれているということになる。
「……気になるん? ええよ、あんたになら思う存分見られても。もともとそういう口実で連れ込んだわけやしな」
そう言ってコンは壁に手を当てて、お尻を私の方へと突き出した。
私の腰にコンのお尻が当たっている。誰かに見られたらすごく誤解を招きそうな体勢だ。
「ほれほれ、まずはそのパレオを脱がさな、よく見えんのちゃう?」
しかもコンはお尻をふりふりと振って、自分ではなくあくまでも私に脱がさせようと強調してくる。
「ぜ、絶対わざとやってるでしょ!」
「さぁ~? 何のことやろな~? もしかして、番でもない獣人に興奮してもうたん?」
「そ、そんなわけないからっ!」
困っている私を見て、コンはクスクスと悪戯っぽい笑顔を浮かべる。
――落ち着け私~! 私とコンはただの友達で、今からこのパレオを脱がすだけ。何もためらうことなんてないし、何も恥ずかしがる必要なんてないんだから!
そう自分に言い聞かせ、私はコンの腰についた結び目に手をかける。
するりとパレオが落ちると、そこから尻尾がぴょこんと顔を出した。
「あっ……なるほど」
その尻尾はビキニの布を押しのけて無理やり外に出ているのではなかった。ビキニの後部に丸い穴が開いているようで、そこに尻尾を通して外に出していたのだ。
「店に飾ってるんは前部分しか見えへんから、ぱっと見ヒト用のもんと変わらんけど、ちゃんと獣人用に作られてるんやで?」
「そっか……そうだったんだね!」
コンのおかげで私はまた獣人に関する新しい知識を得ることができた。
――さてと。疑問も解消されたことだし、このパレオ戻さないとね。
そう思い、私はコンにお尻を押し付けられた状態で前屈みになり、下に落ちたパレオを拾おうとする。するとその時――
「コンちゃん~、そろそろアタシと交代してにゃ~!」
試着室のカーテンがシャッと音を立てて開かれ、私達の痴態を――これは誤解で本当は痴態でもなんでもないのだが――シュンに見られてしまった。
「にゃ…………?」
「あっ…………」
千秒にも思えるほどの一瞬の静寂がその場を支配する。
――やばいやばい見られた見られたでもこれって誤解だよね別に私達変なことしてないしシュンならきっと分かってくれるはずそうだよねシュン!?
「――お、お邪魔しましたにゃ!!」
「しゅ、シュン~……」
しかしそんな願いは叶わず、再びシャッという音とともにカーテンは閉められ、顔を真っ赤に染めたシュンは走ってどこかへ行ってしまった。
「あら、まぁ…………とりあえず、出よか?」
「う、うん……そうだね」
その後、顔を両手で覆い隠しながら店の隅っこで縮こまっていたシュンを発見し、私は丁寧に事の経緯を説明して、なんとか誤解を解くことに成功した。
誤解を解いた後は、何故かコンと同じように私が一緒に試着室に入り、シュンとコガネの水着をそれぞれ選ぶことになった。
その代わりに私の水着は三人が意見を出して、一番私に似合うものを選んでくれた。お互いの水着を選び合うなんて初めてで、海に行く前からとても楽しい思いができて、なんだかとてもラッキーな気持ちになった。
……ただ、三人の意見がバラバラすぎて私の水着を決めるのに一時間もかかったのは、流石に勘弁して欲しかったけど……。
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