《 1 》筋力と耐久の試練


 試練の会場は、校門近くの森エルフの領域――深い原生林。

新緑は薄青く染まり、風が吹くたびに揺れ、葉と葉の境界は影で曖昧となる。


 だが――地表に咲き誇る草花は違う。

ことさらに強く光を反射し、周りの影すらも照らし返した。


「一つ――筋力の試練。己の肉体能力の強靭さを試す」


 そう告げたのは、背丈の低いアライグマの獣人。

見た目は愛らしいが、瞳には冷静さと観察者の光が宿っている。


「生き残れたら、それはそれで面白いわ」


 冗談とも本気ともつかぬ笑いとともに、俺の周囲を分厚い岩で囲んだ。

重厚で不自然な岩の積層――これは魔法で形成されたものに違いない。


「己の拳で、ここを脱出しろ、か」


 焦るな。崩し方を間違えれば、埋もれて終わりだ。

岩で尻尾を挟まれた小動物になるつもりは毛頭ない。


「……ここを崩すか」


 慎重に岩を素人目でパズルのように組み換えながら、一片ずつ崩していく。

光が一筋差し込んできたのは、しばらくしてからだった。

春風が隙間でいななく。


「よし……あとは、広げれば……!」


 思わず声が漏れた。ようやく片腕が外に出たのだ。

差し込む日光がまぶしく、思わず目を細めた。

だが――。


「……甘ったれたネズミの死に場所にふさわしいわ」


 岩の外から、あの面接官の声が届いた。

岩の振動で、嫌な予感が背筋を這う。

微細だが確かに、何かの力が加わっている。


 ゴリィッ――!


 ……重力魔法だと!?

ギリギリギリ、と音を立てて岩が圧縮されていく。

咄嗟に腕を庇ったが、骨が悲鳴を上げる。

背骨もきしみ、呼吸も浅くなった。


「これは試練なんかじゃねぇ……処刑だろ……!」


 腕で圧迫する岩から顔を守ろうとするが、時間がない。

俺の腕に食い込む小石が血を垂れさせる。


「くそっ、死んでたまるか!」


 師が教えてくれた、岩のような硬質を砕く魔法がある。

だが魔法は禁じられていた。

それでも逃れるべく、俺は詠唱を口にしようとする。


 その瞬間、脳裏に甦ったのは、あの偏屈な――師の声。


『極限に至るその刹那こそ、我らの祝福』


 熱が走る、目が灼けていく。

内側から焼けつくような高温が噴き出す。


『喜べ!  愉悦の時ぞ!』


 肌が、血に濡れて変質した。

見た目は変わらない、だが、確かにある。

俺の皮膚は岩と擦れて、鉄が打たれたように火花を散らす。


【竜の鱗】


 師はこの状態を、そう呼んだ。

死線を超えたときだけ、そして俺にだけ現れる“祝福”。


『かつて神の天命に従う竜がいた。だが――お前は違うッ! お前は、抗う竜だ!』

『――抗え! 抗い抜け、アベスク!』


「――ぅお゛お゛お゛おおッッ!!」


 内に溜めていた咆哮――全てを解放した。

熱と声が同時に爆発するような感覚が駆け巡る。


「絶対に試練を乗り越えてやるッッ」


 拳を突き立て、膝を突き上げた。

それだけで……岩が割れていく。

肺が痛むほど叫びながら、俺は自らの肉体だけで、この試練の檻をぶち破ろうとする。


「ツッ!」


 手だけでなく、全身に痛みが走り、殴るたび、血が飛び散る。

だが、今だけは……この痛みが力に変わっていく。

俺の決意は噛み締めた歯のように固くなる。

――抗う、ただそれだけだ。


ドゴォォォン!!


 爆音とともに、岩が弾け飛ぶ。

粉塵が舞い、瓦礫が周囲に転がる。

試練官とその横にいた何者かの足元にも、それは転がった。


「くそっ……紫が血で染まった……」


 俺は我慢できずに礼節を忘れて、乱暴な言葉で呟く。

濃紺の生地に紫の刺繍を施された衣服。

その貴重な魔力糸の衣装が、俺の返り血で真っ赤に染まっていた……。


「……水洗いで落ちるよな、これ」


 面接官は俺が血まみれになっても、言葉を発さない。

ただ、睨みつけてくるだけで、威圧よりも、動揺の色が強かった。


「試練の結果は? まだですか?」


 俺が聞いても、アライグマの試験官もまた、言葉を失っている。

つぶらな瞳をパチパチ瞬かせるが、それも形ばかり。共犯者め……。


(こいつら、揃って俺を殺すつもりだったのかよ)


  不穏な沈黙が渦巻いた時、茂みの奥から、複数の足音が走って来る。

まるで、この場を治めようとする緊迫感があった。


「そこまでっ!!」


 その声が、場を割った。――オーガの女性。

蒼いマントを風に揺らし、太陽を背負った彫像のように、騎士が舞い降りた。


「試練の妨害など、断じて許されません! 至急、救護を!」


 彼女の声に応じて、救護班が駆け寄ってくる。

小人族の医師たちだ。背は低いが、手際は完璧だった。

俺の傷を次々と処置しながら、優しい言葉を添えてくれる。


――その言葉が、一番沁みた。


「あの奇襲戦争で、あの方は……! オーガが……牙を……!」


 面接官が悲鳴じみた声で手を横に振り払いながら、叫ぶ。

奇襲戦争――その業が俺の胸を突き刺そうとした。


「口を開くなと?」


 彼女の声が冷たくも、強く一変した。

黒髪の先に、赤い光が灯る。

怒りの表現は一切ないが、その一瞥だけで誰もが黙った。


「まあまあ、先生。お気を静めて〜」


 その空気を破って現れたのは、試練の初賛成者の人間だった。

タバコ臭を黄ばんだ白衣から漂わせ、草むらからひょっこりと現れるその姿は、場違いなほど軽やかだった。


「冷静にならないのであれば、筋力だけの試練といたしましょう!」


 道化のような口調だが、決断は妥当だった。


「アベスク、君は“筋力の試練”だけでなく、“耐久の試練“をも乗り越えた」


 オーガの女騎士が俺を真正面に見て、まっすぐと告げた。

穏やかな声に戻り、俺の髪をそっと撫でて整える。


「一つ、試練を免除しよう」


 そう言った彼女の言葉に、俺は即座に首を横に振った。


「……いえ。俺の力を、最後まで判断してほしいです」


 頭を下げ、少しばかり、目線をずらしてしまったが、再び目を合わせて朗らかに願う。

彼女は、黙って頷いた。

俺の視線の高さに合わせ、顔を見つめる。


「君は強い。そして、その覚悟も素敵だ」


(……ぐっ。耐えろ、俺……!)


 顔を上げられる際、耳に触れられて、反射的に顔が固くなった。

ヘンな顔になるのは避けたい。

他人に耳を触らせるなというのは、この事か……!


「どうした? 顔を背けて……痛いのか?」


 俺をまっすぐと見据えるオーガの女騎士ストラ・テレイア。

かつて途中入学から指導者へとのし上がったこの学園の卒業生。

この人のようになりたい――素直に、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る