第60話 つきづきし

 通学路に戻る。

 桜が続々と開花していく。チコか、蒼雪か、小清水か、ふじか、術を使っているのだろう。こんな風に順序良く、今の肌寒さで桜が蕾を開かせることは、若干早かったからだ。

 そんな桜の下を、志喜が、チコが、蒼雪が、茅野が、小清水が、羽多が、そしてふじが並んで歩いていく。人がいて、あやかしが、ムジナが、オオカミが、キツネがいて、今皆が笑っている。

 その中心にいるのは、都筑志喜だった。

 彼の手元に桜の花びらが舞って来る。

 チコは相変わらず志喜に憑いて、蒼雪は護衛にいて。

 志喜はうれしくて仕方なかった。

 ゆっくりと歩いていた蒼雪が

「春霞たなびく山の桜花」

 と和歌の上の句を詠んだ。志喜が

「見れどもあかぬ君にもあるかな」

 下の句を詠んだ。

「知っていたのか?」

「こないだ、ばあちゃんから聞いてね。なんでもいいから覚えといたらって言われて。蒼雪さんこそ」

「なぜだか、覚えているんだ。いつだか忘れてしまったんだが、小さい時、人が詠んでいるのを聞いてな」

「そうなんだ。あのね蒼雪さん。僕の願い見つかったよ」

 あの晩、蒼雪から言われ、それ以来志喜の心の中で幾たびも問答を繰り広げていた公案のようなものだった。

「僕はみんなと楽しい日々を過ごしたい。みんなと笑って過ごせるようにしたいんだ」

 それを聞いて、蒼雪は目をまん丸くしてから

「まったくあやかしが憑いているというのに。しかし、実に君らしいな」

 ――それと、君と約束したしな。君のその肩……。いや、これは言わないでおこう

 そう言って微笑んだ。ふと思い出して鞄を開こうとした。

「行こう、蒼雪さん」

 志喜が歩みを速くするものだから、その手を止めて続いた。

 ――やはり彼に名を呼ばれるのは心地いいな

 蒼雪はそんな風に思った。前を見やる。志喜の横のチコ、茅野、小清水、羽多、そしてふじ。

「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎはすこしあかりて」

「どうしたのだ? 『枕草子』とやらだろ」

「なんとなくね。それにしてもよく知っているね。古典なのに」

「ああ、勉強中だ。人間の世界で生きるからな」

「そうだね」

 軽やかに前に出る志喜の背中を見つつ、蒼雪は彼の続きを諳んじてみた。ふとあるフレーズで止まった。

 ――都築志喜……そうか

「蒼雪さん、どうしたのー?」

「何でもない」

 蒼雪も歩みを速めた。

 ――みんな揃って、いとつきづきしか

 志喜のために改めて作った香袋が鞄の中で弾んだ。

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憑きづきし 金子よしふみ @fmy-knk_03_21

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