ずっとキレイだった月: 3

「そういえばさ、『歌舞伎ニキ』引っ越すらしいよ」


 朝教室に入ってすぐ、カナがそう言っているのが聞こえた。思わず開けたドアに勢いよくぶつかってしまった。


「大丈夫かよ歌舞伎ネキ」


「しょうがないでしょ。目があんなんだから周りが見えないのよきっと」


 ギリギリ私に聞こえる声で、陰口を言いあって笑う。カナたちの常套手段だった。他のクラスメイト達は何も聞こえていないかのように振る舞っている。言い返しても面白がられるだけなので、私は何も言わずに席に座る。バクバクとなる心臓を落ち着かせながら、カナたちの会話を聞いていた。


「いやー、そういえばいたなー歌舞伎ニキ」


「懐かしいよね」


「よくあいつの鉛筆折ってたりしてたなー」


「学ランの裾にカッターの刃入れたりねー。てか今考えると大分やばいことしてたよね」


 洒落にならないものも多い、今まで自分たちがやってきたいじめを汚く笑いながら、彼女たちはそれぞれの『』を再確認する。


「でもあの頃はネキもいたよねー」


 いつの間にか私についての話題になっていた。ちらちらとおかしそうに見てくる彼女たちの視線を無視してカバンから教科書を取り出し、予習をしているふりをする。


「顔は良いかもだけど、面白くもなかったしね」


「それでしかも、あんなになっちゃったらね」


「まあネキにはニキの時みたいなエグイことしてないし」


「何よりニキいじめといて今更やめてなんて言える立場じゃないしねー」


 手を叩き、口をあけて笑う彼女たちが憎い。でもその通りだと私は思った。


 私に仲間外れを辞めてなんて言える資格はない。仁木君をいじめていたんだから。仁木君をからかっていたたんだから。カナたちが私にやっていることよりもっとひどいことを、していたんだから。


 でもそれは私が前のままだったらの話だ。とも思う。

 今の私は、今まで自分がしてきたことの醜悪さを理解している。心の底から反省もしている。


 もうやめて欲しい。


 それでもやっぱり面と向かって言うのは怖いから、私は今日も何もしないんだろう。


 でも、


「ほんとニキって、ナヨナヨしててうざい奴だったよねー」


 カナのその言葉で、私の中の何かが切れた。


「──うるさいよ。さっきから」


 不細工なほど驚いた顔をして、彼女たちが私の方を振り返った。


「悪口なら他所でやってよ。自習してるじゃん。見ればわかるじゃん。どっか行ってよ」


 全員と目が合っている。私と友達だった全員と。


「全部聞こえてるよ。もう止めてよ。仁木君を悪く言わないでよ」


 全員が私を凝視している。私と仁木君をいじめた全員が。


 声が、震えてしか出てこない。


「仁木君は今すっごい元気だよ。仁木君がナヨナヨしてたのは、私たちのせいなんだよ」


 なんて言っているのか、私にもうまく聞こえない。


「私は反省したよ。変わってないのはあなたたちだけだよ」


 カナたちは何も言わない。ただ私をじっと見ている。


「いい加減変われよ、ブス」


 そう吐き捨てて、私は乱暴に教室を出る。

 トイレに篭り、声が出そうになるのを堪えながら泣いた。嗚咽を漏らしながら思い浮かべたのは彼──仁木君の顔だった。

 放課後すぐ、仁木君に会いに行こう。まるで天から与えられた使命か何かのように強くそう思っていた。どうしても聞いておきたいことがある。自分勝手だと思われるかもしれない。それでもいい。どうせ仁木君は、私の事などどうも思っていないに違いない。


 私は星屑なんだから。


 


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