第二十五話 織られる街
石と風が、同時に弾けた。
玉座の間の一角が爆ぜるように崩れ、
レフィカルの巨体が光と塵の奔流の中を突き抜けていった。
跳ね上げられた大理石の床と破砕された壁が、
王都の陽の光の中へと舞う。
(これは……!)
空中で身を捩るレフィカルの意識に、アリウスとネヴィアの感覚が同時に重なった。
だが着地する暇はない。
吹き飛ばされたそのまま、彼らは王都の城下広場へと落下した。
「ぐっ……!」
着地の瞬間、レフィカルは足元を杭状に織り直し、
瓦礫を避けるようにして地を割る。
だが、その直後――
空気が変わった。
空の色が褪せ、城下町の広場の地面に縫い目のような影が現れる。
それはまるで“街を布地に戻そう”とするかのような、反転の力。
「来るぞ……!」
アリウスの声に、ネヴィアの息が震える。
カダムの織力が、玉座という“器”を離れて、街全体へと拡散していた。
──そのときだった。
地面が、建物が、人々の足元が、
“織り直されていく”。
床石が折りたたまれ、階段が裏返り、
王都の街並みがまるで糸巻きのように再編されていく。
「うわああああっ!!」
叫び声。
広場にいた商人が、地面から突き出た“刃の糸”に足を裂かれ、転倒する。
隣では、市場帰りの母子が、ひび割れた建物の下敷きになりかけていた。
「逃げろッ!」
近衛のひとりが市民に叫ぶ。
だが、何が敵で、何が街で、どこが安全なのか――誰にも分からない。
次々と変形していく街の構造に、兵たちすら動揺していた。
「これは……王の意志なのか……?」
「だって、俺たちは王を守ってたはずじゃ……」
彼らの動揺の隙を縫うように、
カダムの声が街の空に響き渡る。
「街とは“王の座”そのもの。
王が望めば、命も形も意味も、すべて編み直せる」
空が裂ける。
空中に“縫い目のような亀裂”が走り、
そこから名の刻まれた光る糸が雨のように降り注いだ。
「やめろ……ッ!」
レフィカルが跳ぶ。
すでに右手は“盾のような織膜”に変えられており、
降り注ぐ糸を受け止めながら、人々の上へと覆い被さるように立ちはだかる。
「アリウス……あれを見て!」
ネヴィアの声が、内側で震えた。
それは──
倒れている子どもを、背中で庇ったまま動かない母の姿。
崩れかけた店の陰で、血を流しながらも誰かを呼ぶ声。
避難させようと民を誘導するも、
自らの足が裂かれて動けなくなる兵士の呻き。
この戦いは、ただの“王と喰らう者”の戦いではない。
街の命が、今まさに編み直され、喰われようとしている。
「絶対に……ここで止める!」
アリウスの声に、レフィカルの織が再びうねる。
背中から伸びた束の糸が地面に突き刺さり、
“織の支柱”として建物の倒壊を止めた。
王都の戦いは、もはや“戦場”ではない。
――“再構築される運命”そのものだった。
「……まだ、終わっちゃいない」
レフィカルの身体が、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がる。
肩口に突き立っていた織の刃を引き抜きながら、
その目は──いや、三つの意志は、すでに王の次の手を見据えていた。
街の路地は崩れ、建物は紙細工のように折り重なって変形し、
あらゆる“日常”の形が、異様な織構造へと書き換えられていた。
まるで街そのものが、王の名を記す布地に戻されていくかのように。
「くっ……!」
裂けた街道の先。
一人の少女が、崩れた屋根の下にうずくまっていた。
彼女の上には、今にも落ちそうな梁がのしかかっている。
レフィカルは一瞬で動いた。
左腕を“支柱の形”へと再構成し、少女と屋根の間に滑り込む。
「逃げろ!」
少女が走ると同時に、レフィカルの腕が軋み、支柱が折れる音が響いた。
崩れた瓦礫が彼の背に降り注ぎ、粉塵が広がる。
だがそれでも、動きを止めない。
「アリウス……このままじゃ、ただ戦っても意味がない!」
ネヴィアの意識が、共生体の中で叫ぶ。
アリウスはそれに頷くように、意識の中で応えた。
(守りながら戦う……それが今の、俺たちの“形”だ)
地面に走った亀裂から、刃の杭のような織構造が無数に飛び出す。
その中の一つが、市民を庇っていた兵士の背後を狙った。
「っ──!」
刹那、アリウスの脚が鞭状に織り変わり、杭を打ち落とす。
兵士は目を見開き、震える声で呟いた。
「……あれは、“喰らう者”じゃないのか……?」
レフィカルの姿が、人々の視界に焼き付いていく。
武器を振るうためではなく、
命を織り止めるためにその身体を変え続ける存在。
それはもはや“怪物”ではなかった。
抗う意志そのもの──“名に織られた者たち”。
王の声が、空から再び降ってくる。
「愚かだな。名のない者に、何を守れる?」
空の縫い目から、布を引き裂いたような音と共に“織の兵”が現れる。
刺繍で縫い上げたかのような武具をまとい、無言で前方に進軍を始めた。
「名がないからこそ、わかるんだよ……!」
アリウスの声が怒りと共に弾ける。
右腕が大剣のように再構築され、
その一振りで地面から迫る“織の兵”を両断する。
だが――その瞬間。
王の織が再び活性化した。
広場の中央に巨大な織紋が浮かび上がり、
そこから人々の“影”が滲むように現れ始めた。
それは失われた市民たちの、名を持つ幻影。
「これは……?」
レフィカルの動きが一瞬止まる。
幻影の一人が、彼らに語りかけてきた。
「名もないあなたたちに……私たちを救えるの?」
「“私たち”の痛みを、あなたに織れるの?」
ネヴィアが、内側で苦しむように顔を歪める。
アリウスがそれを感じ取る。
「……できるさ。織るんじゃない、俺たちは“受け取って”、そして抗う”んだ!」
次の瞬間、王都の空が裂ける。
巨大な“糸の書”のような構造体が天上に現れ、
王の“再定義”が、ついに動き始めようとしていた。
その構造体が現実を変え始める寸前、
レフィカルたちは再び駆け出す。
「終わらせよう、ここで!」
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