クラスで一番の美少女は、誰にもなびかない 後半
「え、えっと……どうかしたの? 如月さん」
思わずドキッとする僕だったけど、それを悟られないようにしながら平静を装って口を開いた。そして、いきなりのことで動揺していた僕に、彼女は一言こう告げたのだ。
「……何を、見てるの?」
一瞬、意味が分からなかった。いや、言葉の意味自体は理解出来たけど、どうして彼女からそんな事を聞かれるのかが理解が出来なかった。
……だからだろうか。つい反射的に聞き返してしまったんだ。
「……え?」
「何を見てるの?」
だけど、如月さんは全く動じる事なく、再び同じ内容を僕に向かって問い掛けてきたのである。どうやら、さっきの質問に対する答えを、僕に求めているみたいだ。
僕は少し迷ったものの……彼女に対し、正直に答える事にした。ここで変に嘘をついても仕方ないと思ったから。
「え、あ……うん。その……特に、何も見てないよ」
「……そう。そうなんだ」
僕が正直に答えると、彼女は興味深そうに首を傾げる。それからしばらく考え込むような仕草を見せた後、今度はこんな事を言ってきた。
「どうして、窓の外を見てたの?」
「……えっ?」
まさかそんな事まで聞いてくるとは思わなかったので、僕は思わず驚いてしまう。そして如月さんはそんな僕を不思議そうな目で見てくるのだ。
「えっと、それは……」
何と答えればいいのか分からず口ごもる僕に、彼女が更に問い掛けてくる。
「どうしてなの? 教えてくれる?」
じっと僕を見つめる如月さんの切れ長な瞳。その視線の強さに気圧されてしまう。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。寧ろ、彼女の瞳に見つめられているとドキドキしてくるくらいだ。
「えっと、その……すみません。ちょっと、ボーっとしてただけで……」
そんな如月さんに対して、僕はそう返すので精一杯だった。そうしたプレッシャーを彼女から感じつつも、僕は彼女の目から視線を逸らす事が出来ないまま、何とか声を絞り出す様にして答えるだった。
「そう」
そして僕からの返答に、如月さんは納得したのかしていないのか分からない曖昧な返事をする。そのまま僕の事をじっと見つめてくるせいで、余計に緊張してしまう。
それもあって、言葉が上手く出てこない。……いや、それは元々だから、あまり関係ないかもしれない。
そもそも女の子と話す事は、陰キャな僕にとってハードルが高い事なのに、それが意中の……片想いをしている女の子相手なら尚更だ。ましてや、相手はクラスで一番の美少女なんだから、余計に緊張して当然だと言えるだろう。
しかし、当の如月さんはそれ以上何かを言うわけでもなく、無言で僕の顔を見つめているだけだ。その表情からは何を考えているのか読み取る事は出来ない。どうしたものかと思っていると……不意に彼女が口を開いてこう言った。
「そっか」
そして如月さんはそう言うと、すぐに踵を返して教室から出て行ってしまった。僕は呆然としたまま、彼女の後ろ姿を見送ることしか出来なかった。……えっと、今のは一体、何だったのだろう……?
心の中で呟きながら、先程の出来事を思い返す。もしかして、僕は如月さんにからかわれていたのだろうか。
それとも、単に彼女がしてみせた気まぐれだったのか。あるいは他に意味があったのか……考えれば考えるほど、良く分からなくなる。
いや、それよりも今はもっと気になる事がある。さっきの会話の中で、気になった部分があったから。
『何を見ているの?』
彼女は確かにそう言った。けど、僕は本当に窓の外の景色を見る以外に何もしていなかったのだから。それなのに、何故そんな事を聞いてきたのだろう。
まさか、彼女には他の何かが見えていたのだろうか。えーっと、例えば……そう、幽霊だとか。……いやいや、そんな訳ないか。馬鹿馬鹿しい考えを頭から振り払うと、再び僕は視線を外の景色へと向けたのだった。
―――これが僕と如月さんがまともに話した、初めての会話だった。話の中身については置いておくとして、少なくとも僕にとっては大きな一歩を踏み出せた瞬間だったのだと思う。
そんな事があってからも僕は変わらず、如月さんに想いを寄せ続けていた。だけど中々、彼女に話し掛ける事が出来ずにいる。だって……もし、勇気を出して如月さんに話し掛けたとしても、無視されるんじゃないかと不安だったから。
それに何より、勇気が出なかったというのが大きかった。元々、内向的な性格である上に、臆病な僕にはそれがどうしても出来なかったから。
そうやって悩んでいるうちに、ただただ時間だけが過ぎていく。そしてそれから数日後の放課後。僕はまたも彼女から声を掛けられるのだった。
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