第12話 “この街に一度も来たことがない”という女性が探す家
第12話
“この街に一度も来たことがない”という女性が探す家
「失礼します。あの……家を探していて」
穏やかな春の日差しが差し込む午後、なごみ不動産に現れたのは、30代後半の女性だった。
落ち着いた雰囲気と、やや緊張した笑顔が印象的だ。
対応したのは、売買営業部の係長・村瀬沙織(むらせ さおり)。37歳。
丁寧で的確な説明と、女性らしい気配りが評判のベテラン社員である。
「ご来店ありがとうございます。どのあたりのエリアをご希望ですか?」
女性は、ふと目を泳がせてこう答えた。
「……実は、この街に来たのは今日が初めてなんです。でも、ニュースで“自然災害が少ない地域”って紹介されていて。それだけで、なぜか“ここに住みたい”と思ってしまって」
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名前は宮原千佳(みやはら ちか)、38歳。
これまで転勤や引っ越しを何度も繰り返してきた人生で、ようやく「腰を落ち着けたい」と思うようになったという。
「地元もないし、実家ももう無くて……。でも、何かに怯えながら暮らすのは、もう嫌なんです。
自然災害が少ないって聞いて、すごく安心して」
村瀬は頷いた。
「“安心して暮らせる場所”って、本当に大切ですよね。
それなら……駅から近くて、築年数はありますが、中がリノベーションされている物件があります。女性にも人気ですよ」
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案内したのは、駅から徒歩5分、築25年の中古マンション。
だが中は白を基調としたシンプルで清潔感のある内装にリフォームされており、キッチンや浴室も最新の設備だった。
「……すごく、落ち着きます」
千佳はリビングに立ち尽くし、小さく息を吐いた。
「最初は、勢いだけで来てしまったと思ってました。
でも、なんでか分かりませんけど……“ここに戻ってこれる気がする”って思えるんです」
村瀬はそっと言葉を添えた。
「“安心”は、どこかで“帰りたい”って気持ちとつながっているのかもしれませんね。
この街に来て、そんな感覚を抱いたのなら――もう、それがご縁なんだと思います」
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数日後、千佳は正式に購入を決めた。
「他の人から見たら、なんでこの街なのって言われるかもしれません。
でも私には、“理由がないこと”こそが理由だった気がします」
村瀬は微笑んだ。
「きっと、この街が“あなたを選んだ”んですよ」
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家とは、過去に縛られる場所ではなく、未来をつくるための場所。
そしてこの街には、誰かの“始まり”が、また一つ増えた。
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次回:第13話「夜間にどこからか聞こえる騒音」
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