狂戦士と毒舌聖女

「本当に良かった~、お姉さんみたいな自分では演技がうまいと思ってる、弄び甲斐がある人とパーティーが組めそうで」

「……え?」


 突如聞こえてきた幻聴に私は耳を疑う。

 だって、あのティナちゃんがこんなこと言う訳ないよね?

 あの天使のように心優しく純粋で無垢なティナちゃんが。


「あの、ティナちゃん……?」

「え、どうしたんですかお姉さん?」

「これはあくまで仮の話で今の状況とは関係ないけど、ティナちゃんは何も知らない純真な少女の振りをして相手が嘘に嘘を重ねて深みに嵌まっていくのを楽しむみたいな悪辣な趣味はないよね? あくまでそれは私とは関係ないけど」

「もう、やだな~お姉さん、私にそんな趣味ある訳ないじゃないですか」


 良かった、やっぱりさっきの悪いティナちゃんは私の幻視&幻聴だよね?


「相手が初対面の少女に経歴やギフトを堂々と詐称するような詐欺冒険者じゃなかったらそんな酷いことしないですよ~。大体何なんですか、”狂戦士|せいけんし”ってw 嘘をつくにしても無理があるっていうか、もっとまともなのがあるだろっていうか、むしろ何でそれで騙せてると思ってたのか疑問っていうかw」

「やっぱり私のことをずっと弄んでいたのかああああああっ!?」


 バキッ!!


 思わず私の拳が応接室のテーブルを叩いた瞬間、無残にもテーブルは真っ二つに砕けてしまう。その瞬間邪悪な笑みを浮かべていたティナの表情が一気に引きつった。


「ひっ!? だ、だってあんな評判が流れてるのにいきなりあんなにきつい……ひっ」


 テーブル(だったもの)が二つから三つに増え、ティナの表情がさらに引きつる。


「じゃなくて猫かぶりじゃなくて、ひぇっ」


 おかしいな、またテーブルの数が増えちゃった。


「えっと、えっと、とにかく、そんな下手な演技をされたら弄びたくなっちゃうじゃないですかっ」

「どんな人生を歩んできたらその年でそんなねじくれた性格になるんだ!」

「お姉さんだって、公爵令嬢として生まれてどう育ったらそんな野蛮な性格に……ひっ!?」


 気が付くと私とティナの間にあったはずのテーブルは粉々になってしまっていた。

 まずい、確かに目の前の天使の皮を被った悪魔の本性は最悪だが、このままでは私の本性も”狂戦士|バーサーカー”だと思われてしまう。


「違うの、これは全部ギフトが悪いの! ギフトをもらうまでは私こんなじゃなかったの!」

「え、でもシルフィアさんと言えばよく『清楚ぶっているが本性はゴリラみたいな女』『気に入らないことがあるとすぐキレる』などと噂されてましたけど……」

「それは全部私の美しさを妬んだ他家の令嬢が流した噂っ! ていうか何であんたがそんなこと知ってるの!?」


 いくら私が公爵令嬢だったとはいえ、ギフト事件があるまでは一般人に知られるほどの知名度はなかった。というか普通の街の人は貴族なんて当主の名前ぐらいしか知らないだろう。それなのに何でそんな話まで彼女が知っているのだろうか。


「いや、今の振る舞いを見る限りかなり当たってるような……」

「あぁ??」

「ひっ!? こほん、えっと、さっきの噂を知っているのは私の祖父が大司教だからです」

「……は?」


 あのクソ野郎の孫がこんなにかわいらしい女の子?

 いや、あのクソ野郎の孫だからこんなに性格がねじくれているのか。くそ、祖父だけでなく孫娘にまでこんな辱めを受けるなんて。


「シルフィアさんにギフトを授けることになった時も一家で『どんな方なんだろう』『どんなギフトを授かるんだろう』と結構話題になりまして、それで噂を調べたんですが、いや~、噂って意外と当たってるんですね」

「誰がゴリラだ!」

「ひっ!? やめてください、あのチンピラみたいに片手で握りつぶさないでっ」

「握りつぶしてない! それは全部嘘なの!」


 そんな怯えた表情をするぐらいなら最初から余計なことを言わなければいいのに。

 ああもう、あのクソ大司教の孫だと思うと余計に憎らしくなってきた。


「いや~、やっぱりギフトってその人の本質に合ったものが授けられる物ですね」

「誰の本質が”狂戦士|バーサーカー”だ!? 大体あんたが“聖女”って何よ! この腹黒毒舌娘め! 祖父が大司教だからってコネでズルしたでしょ!?」

「そんなこと出来ませんって。だってこれはルミエル神のご意志で与えられたものなのですから」


 そう言ってティナは勝ち誇ったように笑う。

 はぁ、最悪だ。“聖女”と”狂戦士|バーサーカー”。女としての勝ち負けが完全にギフトに現れてしまっている。


「違う、絶対そんな訳ない! そうだとしたらルミエル神の目はどれだけ節穴かって言うの!」

「いや~、やっぱり神様はそれぞれの本性に合ったギフトを授けてくださるんですねぇ」

「くぅ~~~っ」


 しかし実際にティナが“聖女”のギフトを持っている以上、私は唇を噛むことしか出来ない。

 が、そこで私はふと疑問を抱く。


「あれ? じゃあ大司教の孫でしかも“聖女”のギフトを持っている、教会的にはエリート中のエリートになりそうなティナがどうして冒険者をしてるの?」

「それは……」


 するとそれまでずっと私を見て邪悪な笑みを浮かべていたティナが突然すっと横を向く。ここだ、と思った私はすかさず反撃を開始した。


「どうして? 普通”聖女”だったら教会内で出世間違いなしだよね?」

「ほら、私の血筋とギフトと可憐さを妬んだ他の教会の人に『あの性格の悪さで教会は無理がある』と噂を流されまして……」

「事実じゃん!!」

「ち、違います! 私は陥れられただけで”聖女”ギフトにふさわしい清らかな心を持ってるんですっ!」

「清らかな心を持ってる人はそんなこと言わない!」


 ていうか自分で認めるの嫌だけど今の言い訳の仕方、さっきの私にそっくりでは?

 確かに性格が邪悪でねじくれていて、毒舌聖女な彼女だが、ちょっとだけ親近感を覚えてしまうのだった。


 ちなみに、テーブル代は後できっちりミレーヌに請求されてしまった。

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